小説

『ヘブン・ゲート』木江恭(『羅生門』芥川龍之介、『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

 エナーズ、というのは、ゆっこが付けた渾名だ。またの名を、菅田恵那(かんだえな)とその取り巻きたち。
 菅田恵那は、入学して数ヶ月も経たないうちに学年一の有名人になった。成績は悪くないが、とにかく派手で目立つ問題児。彼女が手を出していないのは、校則で禁止されている染髪とあからさまな化粧くらいのものだ。
 セーターやソックス、体育のジャージは流行りのプチプラブランドで、学校に当然のように持ち込んでいるのは最新のiPhone。垂れ目がちの二重まぶたが印象的な顔立ち、通学路でナンパされて付き合ったという年上の彼氏。天に二物も三物も与えられた菅田恵那は、瞬く間に派手グループの中心に上り詰めた。
「聞いた?『パパ』だって。あいつエンコーしてるって噂だよね。あたし、勉強できないし頭悪いけど、ああいう頭空っぽな人間にはなりたくないわ」
「でも成績は悪くないんでしょ?地頭いいのは羨ましいなあ」
 ゆっこは菅田恵那の派手な行動が気に食わないらしく、露骨に彼女を避けている。一方まよは、完全に我関せずの他人事。
 わたしは牛乳を飲む振りをして口を噤む。
 高校から仲良くなった二人は、知らない。菅田恵那――かんちゃんが、わたしの幼馴染であることを。昔は、取っ組み合いの喧嘩をするような男勝りの少女だったことを。
 例えばわたしが男子にからかわれて泣いていれば、リレーで大活躍する瞬足で駆けつけて追い払い、自分以外の十人に拡散しなければ不幸になるという『不幸の手紙』なるものが流行った時には、『手紙』を片っ端からゴミ箱に捨てるような、勝気で正義感の強い性格だったことを。
 わたしたちは小学校の時は毎日登下校を一緒にし、放課後も遊ぶほど仲が良かった。中学では部活や委員会の関係で少し疎遠になったけれど、家も近所だからそれなりに親しくしていたと思う。模試の判定結果を見せあったり、過去問を貸し借りしたり。
 だけど、四月、同じ女子高の同じクラスになったかんちゃんは、卒業式からほんの一ヶ月だというのに、別人のように華やかになっていた。わたしは気後れして話しかけるタイミングを失い、かんちゃんはわたしに目もくれず、同じように派手な女の子たちとつるみ始めた。
 わたしは、友達と連れ立って教室を出て行く菅田恵那の背中を眺めた。
 昨日ヘブン・ゲートで見た後ろ姿。背の高い男に腕を絡めて、ぴったりと肩を寄せて。
 あれは本当に、かんちゃんだったんだろうか。

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