「馬鹿げてるって思う?」
わたしを真っ直ぐに見つめるかんちゃんの目は冷め切っていて、だけどそこにあるのは自棄や諦めではなかった。
「私もそう思う。だけど、何かしないと気が狂いそうなの。馬鹿馬鹿しくてもくだらなくても、とにかく何かしていたいの。少しでも早く、ここから出ていくために」
かんちゃんにはきっと見えているのだ。蜘蛛の糸みたいに細く頼りない、希望の糸が。途中で切れてしまうかもしれない、何処に続いているかもわからないそれを、形振り構わずよじ登ろうとしている。
わたしには、まだ見えない。見たくもない。
「わたし、嫌だな」
わたしは踵をタイルに擦り付ける。キュッとスニーカーが鳴いた。
「まだ大人になんてなりたくない。十年後の自分なんて知るかって感じ。かんちゃんが言うほど、大人になるって劇的なことじゃないと思う。多分もっと平凡で、それこそつまらない」
かんちゃんはどうして気づかないのだろう。
雑誌で煽られている通りに着飾って、男を連れ歩くこと。昼間映画館で女の子の手を握り、夜にはほかの女の子を抱きしめること。0.1mmのゴム越しに『LOVE DREAM』を見ること。
それが大人になるってことなら、それはかんちゃんが謳うような崇高で輝かしいことじゃないってことに。
「そんなに無理して大人になろうとするなんて、それこそバカみたい」
「千由紀」
かんちゃんは険しい顔でわたしを睨む。
「バカはあんただよ。いつかは絶対に大人になるンだよ?大人になりたくないなんて、子どもの幼稚な我侭」
「だからだよ。どうせ強制的に大人にさせられるのに、どうしてそんなに焦るの?」
平行線のわたしたち。
どんなに言葉を並べても主張を譲らない、頑固な子どもだから。
「もういい。私帰る」
カンッとヒールを鳴らしてかんちゃんは立ち上がる。わたしはその裾を引っ張った。
「かんちゃん、アイス買いに行こ」