小説

『母親』中島もらる(『交尾』梶井基次郎)

 祐作がアカカナキリの行動に唖然としていると、男の絶叫とゴリゴリと岩が削られるような音がした。祐作はそちらを見た。
 男が居て、雌が群がっていた。侵入者たちが男の睾丸に吸い込まれていく。男の陰嚢の表面にはパックリと穴が開いていて、内部が見えていた。内部には透き通るような毛細血管が縦横に走っている。
 祐作は初めて男の睾丸というものをこの目で見た。親指くらいの大きさの血色のある球体。まるで卵のようだった。
 アカカナキリが睾丸を噛み切って男の体内に入っていく姿は壮観だった。一匹のアカカナキリの侵入を許すと、他のアカカナキリもまた男の睾丸に侵入しようとする。1匹、2匹、3匹、と順々に侵入していき、男の睾丸は2倍3倍に膨れ上がっていった。
 睾丸内に定着するアカカナキリの母親は1匹だけだが、巣作りのための血みどろの争いが男の睾丸の内で繰り広げられるのである。
 このときアカカナキリは飛んだり跳ねたり噛みついたりで、その時の激痛は耐えがたいものなのだろう。男は痛いよう、痛いようと叫び、ぽつりと、
「母さん」
と言った。
 男の睾丸内では男の血液とアカカナキリの血液が交じり合う。睾丸内で壮絶な陣地争いが行われ、争いに敗れたアカカナキリの死骸がびゅんびゅん睾丸から飛び出てくる。
 その様態は官能的美とはあまりにかけ離れていると祐作は感じたが、同時に何か別種の美がその場には宿っているように祐作には思えた。睾丸に侵入するという目的をもったアカカナキリたちはわき目もふらず、一糸乱れぬ動きで男の睾丸内に侵入していく。生の意味など問う暇もなく、敗れた者は死んでいく。
 祐作はその光景に素直に感動する。美しいと思う。清廉で潔いと思う。アカカナキリたちが燃やす生の最後の業火はただ子孫繁栄のために燃える。
 それはアスリート的である。勝利のために子供の頃から肉体を研磨し続けるアスリートである。またあるいは、一つの命題を証明するために一生を費やす数学者である。愚直でなんと愛おしく、羨ましく、また妬ましいのか。
 祐作が見ているのは、凶暴な虫たちの人間に対する暴力ではない。一個の生物が一つの目標に向かい、命をすり減らす、その尊さである。

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