小説

『母親』中島もらる(『交尾』梶井基次郎)

 女たちにはアカカナキリムシを殲滅させようという気はあまりないらしい。女が子を残すのに必要な男の数というのはそれほど多くないからだ。女性達が主要なポストを占める現内閣はアカカナキリムシを駆逐に膨大な金を費やすよりも、一部の男たちを保護し、子種として利用する方が遥かに経済的であると考えている。
 女性だけで子を残す技術は開発されているものの、技術的な問題点も多く、何より金がかかった。そこで女性達は優秀な遺伝子を持った美男子を選抜して、彼らを特別保護区で保護し、要らない男たちにはアカカナキリムシを狩らせた。
男はこの女の横暴ともいえる行動に暴力を振るう気も起きず、虫を追い続けた。虫を殺さないと、困るのは男たちだけだったからだ。中には歯向かう男も居たが、女はこれをうまく管理した。選別された男たちが自分たちの立場を守ろうとして、反乱した男たちを殺したのだ。軍事費の違いが勝敗の決定的な差となり、デモは鎮圧された。
 このデモを受けて、政府はアカカナキリムシをたくさん狩れば、選別に漏れた人間も保護区に移住することができるという法律を制定した。男たちは保護区に入るために貧弱な装備で虫たちを狩ることに執心した。結果多くの男たちは睾丸を噛み切られ造精能力を失った。アカカナキリムシが睾丸に入りこむと立っていられないような激痛をもたらし、そのために死を選ぶ男も居た。
 祐作も少し前まで保護区の住人だったが、今回の予算削減で選抜から漏れ保護区を出ていくこととなっていた。
 祐作がホテルを出ると、地球は寒かった。地球は寒冷化して、平均気温が2度も下がっていた。アカカナキリムシは地球寒冷化に伴う、新種の生物かもしれなかったが、地球寒冷化に伴い科学技術が衰退していたからそれも分からない。

「これをやるよ」
 保護区から森へと通じる街道の関門をくぐった後、祐作は熟練のアカカナキリムシハンターにホッカイロをもらった。
「いいのか」
 祐作は驚いた。地球寒冷化後の日本ではホッカイロは特に保護区外で貴重品だった。少なくとも見知らぬ誰かにくれてやるような代物ではない。
「何、良いってことよ。気に入った奴にはやるようにしてんのさ」
「気に入った奴……とは?」
「生き残りそうな奴ってことだよ。なんとなく匂いで分かるんだぜ。あんた種無しになりたくないんだろう?」
「それはそうだ。誰だってそれは嫌だろう?」
 祐作がそういうと、意外にも男は笑った。

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