小説

『こびとの町』卯月小夜子(『こびとの靴屋』)

「ちと気の毒な気もするけどな。森の木を切り、川を汚しておれたちの住処を奪ったのは、職人たちじゃなくて工場主たちなのに」言葉とは裏腹に同情の気配も見せず、ハンスは鏡の前で不自然なところがないかチェックしながら呟いた。
「職人たちは何の手も打たなかったじゃないか。奴らに任せておけないだろ」こびとが髭をなでながら言った。
「わかってるさ。物が大量生産できるようになっても、人間の暮らしは豊かになりゃしない。余った物は貧乏人の手には回らず、金持ちが次々買い替えるだけ。現に労働者の生活は酷い有様だ……まあ、まともな経営者もいるらしいが。隣町では労働環境の改善やら教育の普及やらに取り組んでいる工場主がいるって噂だ」
「おまえ、それが人間だと思ってるのか?」
「えっ、それじゃあ……」
「あたりまえだろ。そんな理性や知性のある人間がいるか?」
「そこまで仲間が入り込んでいるなら、ちょっとは楽観していいかもな」ハンスは相変わらず新しい装いを前から後ろから鏡に映しながら言った。「人間の暮らしに貢献してるなら、肉体を借りるくらい安いもんだろ」
「いや、奴らのことだから、労働から解放されたところで、空いた時間は飽くなき物欲を満たすために使うだろう。それにも飽き足らなくなると、作っては壊し、壊しては作るを繰り返す……まったく不思議な生き物だよ」髭のこびとは鏡に見入っている相棒を横目に、作業台の上を片づけながら言った。「ここはまだましかもしれない。山の向こうの渓谷では埋め立てが始まったらしい。森に住む仲間たちも住処を失った」
「おちおちしていられないな。職人たちの体を借りるだけじゃ足りないんじゃないか」
「とっくに手は回してあるさ。賄賂にまみれた市長が手に落ちるのは時間の問題だよ」
「市長まで?」
「これだから若いもんには任せておけない。中途半端にやるなら、やらないほうがましさ」髭のこびとは作業台の片づけが終わると、腰を伸ばして呟いた。「さて、次は鍛冶屋のシュミットあたりを狙ってみるか」
 そのとき、廊下から足音が近づいてきた。
「ほら、ご主人様、出番だぞ」髭のこびとがしっかりやれと言うようにハンスの足を小突いた。
 ハンスは肩を二、三度回して入口に近づくと、驚かせないようにゆっくり戸を開けた。そこにはエマが得体の知れないものを見たような顔をして立っていた。
「今、だれかと話していなかった?」
 ハンスは一歩身を引いて工房の中をエマに見せた。

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