「いい靴ができた?」エマが目を閉じたまま心配そうに訊ねた。
「最高の出来だ。高く売れるぞ」ハンスはそう答えながら、作業台に放り出された革を見つけたときのエマのがっかりした顔が浮かんできて、なかなか寝つけなかった。
「なんてすてきな靴! あなた、見直したわ」
エマの興奮した声で、やっとまどろみかけていたハンスは目を覚ました。エマに手を引かれて工房の戸を開けたハンスは、思わず目を瞬いた。寝ぼけているのか、夢なのか、いったいだれが――ハンスは驚いたが、目の前の立派な靴の存在を受け入れるのにふしぎと時間はかからなかった。目を疑うどころか、当然のことにさえ思えた――神様が味方してくれたんだ。長年真面目に働いてきたんだから、このくらいのことがあっても罰は当たらないだろう。
かつて見たこともないようなその靴を店先に置くと、裕福な工場主が一目見て気に入り、言い値で買っていった。
その晩、ハンスは前の晩と同じように革を作業台の上に置いて床についた。エマが寝ついた後、ハンスはゆうべのふしぎな出来事の真相を確かめようと工房に向かった。
だれもいないはずの工房からぼうっと灯りが漏れていた。最初は空耳かと思ったトントン、カタカタ、という音が、工房近づくにつれてはっきり聞こえてきた。音が大きくなっていくのに合わせてハンスの鼓動も早まっていく。ハンスは工房の前で足を止め、戸の隙間から恐る恐る中を覗いた。
作業台の上には二人のこびと――と呼ぶにはいささか大きく、かわいらしいというにはあまりにも悪趣味な生き物――が狡猾そうな目を不気味に光らせながら、長い腕を巧みに使って靴作りに勤しんでいた。
その光景にハンスは足がすくんだが、呼吸を落ち着かせると、ゆっくり回れ右をして忍び足で寝室に戻った。
翌朝、ハンスはエマより早く起き出して工房へ向かった。作業台の上には、前日にも増して立派な靴が置いてあった。ハンスが靴を手に取って眺めていると、エマが入ってきた。エマは靴を見ると、ハンスの首にぶら下がるように腕を回して喜びを露わにした。エマの喜ぶ顔を見てハンスも幸せだった。
こうして、毎晩同じことが繰り返された。ハンスはエマをだましていることには後ろめたさを感じたが、何もせずにお金が稼げることに味を占め、しだいに麻痺してきた。
その晩も、ハンスが床につくと、こびとたちがどこからともなく姿を現し、いつものように作業を始めた。
革を切り終えると、体毛まで赤褐色のこびとがうんざりしたような声を出した。「もういいんじゃないか」
「いや、まだだ。頃合いを見計らっているから、そう焦るな」もう一人のこびとが、腰に届きそうなほど長い銀色の髭を上から下へとなでながら、相棒をなだめた。