小説

『エンマの戯』谷聡一郎(『地獄八景亡者戯』)

「そうか、うむ、連れて参れ」
 祟り神が一柱ズルズルと風呂場へやって来た。
「エンマ殿、わしは昔、比叡山で化け猫として道行く人の子らにいたずらをしておったものじゃ。じゃが忘れもせんあの日、にっくき狩人がわしを襲ってきよった。その時撃ち込まれた鉄玉の傷は癒えることなく拡がりこのわしを祟り神の姿に変えてしもうた。どうにかして彼奴めに仕返しをしたかったのじゃが、すでに死んだそうじゃ。ところが最近、その倅が坊主として生きておると聞いた。そして昨晩、やつを殺すべく、事件の山で待機をしておったんじゃ。するとどうじゃ、近くでタバコをふかしておる大天狗がおった。そうじゃまさにお主じゃ忘れもせん。」
「ふむふむそれで」エンマが場を仕切る。
「せっかく因縁晴らせるところじゃった。この祟り神の姿におさらばできるところじゃったのじゃ。その機会を奪いよったんじゃ。その憎き天狗の顔忘れもせんぞ。こやつじゃ」
 エンマはニヤリとするのをこらえた。それを聞いていた加茂ノ川ノ主が素っ気なく言った。
「まぁ天狗さんあんたさっきまでの威勢はどこへ行ったのかしらね」
「祟り猫よ、供述感謝である。ゴホン、では大天狗。お主またタバコのポイ捨てをしよったな。これまでにも山火事を起こすなどして注意があったはずじゃが」
「いやそりゃおめぇ、」
 大天狗は心底悔しく恥ずかしかった。先ほどまでの威勢を思い出すと、寒気がし、それは釜茹で風呂を冷やしかけた。少し肩の荷が下りたように感じたヤマビコの爺さんが、
「わはは天狗よ、一本取られたのぉ」と言った。
「まったくややこしい話になってきよったぞお主らのせいで」
「いや姥ゴンゲンさんあんたにも非がある」
 祟り神はイライラして言った。
「なんじゃと」姥ゴンゲンは祟り神をにらんだ。祟り神は続けた。
「エンマ殿、かの人の子、我が仇であるあの坊主、なぜ昨晩の大雨の中、山を走り回らなければならんかったか、ご存知でなかろう」
 それを聞いてハッとしたスダマ班長が答えた。
「たしかにエンマさま、事件現場にはおよそ建物はなく、あの深夜の雨の中、なぜあそこが事件現場になったのか不思議でございます」

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