小説

『エンマの戯』谷聡一郎(『地獄八景亡者戯』)

 加茂ノ川ノ主が急かす。
「はい。その昔私とエンマさまは、その、よろしくやったことがございまして」
「なんと!」
 これには一同驚いた。
「この娘は人の子には飽き足らずエンマにも手を出したというのか」
 姥ゴンゲンはエンマのほうを向き、さらに続きける。
「なるほどなエンマ。お主先ほどからなにやらソワソワとしておったが、その下世話な義理からこの娘の願いを退けられんかったのじゃな」
「いやその」
 エンマの顔は恥ずかしさでフンニョウ風呂のごとく沸騰しそうな熱を持った。
「やいエンマ。貴様よくもそんなことでエンマ大王を名乗りやがれるもんだ。おい。岩面宿儺にヤマビコのじじい。こいつはもうダメだ。俺らで判決を下そう」
 そう大天狗が言うと、岩面宿儺とヤマビコの爺さんもバツの悪そうな顔をした。
「いやそれは」
 彼らが同時にいうと竜神の娘が、
「岩面宿儺さまにヤマビコさま。どうかお願いです」
といった。すると彼らは顔をしかめて俯いた。どうやらこの二人も竜神の娘と訳ありのようであった。
「まさかあなた」
 加茂ノ川ノ主は絶句である。ヤマビコの爺さんは開き直って笑顔を見せた。抜けて欠けている前歯が変な愛嬌を演じた。
「おいまさかてめえら揃いも揃ってこの娘とよろしくやってやがったのか」
 大天狗に続いて姥ゴンゲンが、
「ふん。これだから信用できんでな男衆は」
「まぁ姥ゴンゲンさま。私はとてもおもしろうございますよ」
 雪女郎が興味深くクスクス笑った。大天狗の怒りは膨らみ、心底恐ろしい表情になった。
「やいこのアバズレ竜娘!いやいや、貴様らも賢者として恥ずかしくないのか。だいたいそんなくされ縁のある坊主の死じゃったら、こんな会議、はなから開くんじゃねえぜ。終わりじゃお開きじゃ」するとエンマが、
「む…まったくじゃ大天狗。エンマともあろうこのわしの調査不足が…」と言ったが、姥ゴンゲンが呆れた。

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