小説

『父ちゃん』想(芥川龍之介『父』)

 老人は、私の勤め先の副社長だった。この間、会社で会ったとき、子どもが同級生ということで、この父親参観の話になった。副社長は、最近、二十歳も歳の離れた子連れの女性と再婚し、父親参観への案内を受け取った。本当の父親ではないし、見るからに「おじいちゃん」なので、子どもが恥ずかしがるだろう。そう考え、欠席するつもりでいたが、子どもの母親が、行ってあげないとかわいそうだと言う。どうしたものか。
 そんな話だった。
 特に言葉にはしなかったが、私は、副社長の服装に驚いた。
 勤め先で、彼は、誰からも信頼され、慕われている人物である。年齢を感じさせないエネルギッシュな仕事ぶり、柔軟な発想に抜群のユーモアのセンス、そして、温厚な人柄。それにまた、彼のアイデアで、勤務先では堅苦しい服装はしなくていいことになっており、彼自身、日ごろはTシャツにジーンズか、上下ジャージのことが多かった。
 ところが、この日は、きちんと白シャツにネクタイ、スーツという出で立ち。日曜日ということもあり、他の父親たちは、比較的カジュアルな格好の人が多かった。年齢のことと、このきちんとした身なりのお陰で、副社長は、かなり目立っていた。
(そう言えば、タハはどうしたかな?)
 私は、タハの方を見た。副社長が来たとき、そちらに気をとられて、タハがどんな物まねをしたか、見ていなかった。だが私は、副社長から、タハが彼の息子だと聞いていた。
 見ると、タハは、わずかにうなだれて、肩をいからせて座っていた。周りの子どもたちは、タハの様子が急に変わったので驚いたらしい。教室に入ってくる他の父親たちには目もくれず、タハの方を見ている。
「どうしたんだ、タハ?急に物まね止めちゃって」
「あの爺さんの真似はしないのかよ?一番面白そうだってのに」
 子どもたちは、口々にタハを煽っている。しばらく黙っていたタハは、突然立ち上がると、大声で言った。
「うるさいな!あんなジジイの物まねなんかできるかよ!耄碌しすぎて、来る場所を間違ったんだろ!」

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