小説

『父ちゃん』想(芥川龍之介『父』)

 その父親は、オッドアイの持ち主だった。右目は鮮やかな青、左目は、薄い褐色。
(そうか、あの目のことで…)
 オッドアイの父親は、静かな声で言った。
「済みません、先生。娘が…」
「なんで父さんが謝るの!そんな必要ない!」
 女の子が、父親の言葉を遮って叫んだ。
「こいつが先に、父さんをバカにした!謝れ!お前が先に謝れ!!」
 男の子は、床に手をついたまま、無言で女の子をにらみつけている。この子の親は、まだ来ていなかったのかもしれない。先生が言った。
「何を言われたにしたって、暴力はよくないでしょう。さあ、二人とも立って」
 先生は、男の子に手を貸して立たせると、衣服の埃を払って席に座らせた。父親に促され、女の子も立ち上った。パンパンと勢いよくスカートを叩くと、ふてくされた様子で、どすんと椅子に座った。
 その様子を見て、先生が、呆れた声で言った。
「お父さん、娘さん、女の子なんだから、もう少し…」
 父親は、先生の言葉に顔を上げると、微かに笑った。そして、言った。
「この子が、こういうことで怒れる人間に育っているのなら、それでいいでしょう。それを見ることができただけでも、今日、ここに来てよかったと思っています」
 先生は、呆気にとられた様子で、父親の顔を見つめた。複雑な色合いの、不思議な静寂が、子どもたちを、そして、父親たちを支配した。
 私は、視界の片隅に、微かに動くものを捉えた。立ち上がったままのタハと、彼の手。タハの左手は、こぶしを握り締めて震えていた。
 私の反対側の視界には、副社長の姿があった。彼が、そのとき、どんな様子だったのか。私は、そちらを直視する気にはなれなかった。あまりにも不躾な気がしたのだ。私は、副社長にも、タハにも、「一人になれる場所」を作ってあげたかった。

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