小説

『父ちゃん』想(芥川龍之介『父』)

 サリーが説明してくれたところによると、父親参観日とは、平日は仕事で学校に来られない父親がわが子の学校での様子を見ることができるよう、わざわざ週末に特別な授業を行うというものらしい。
「なるほど。これはまた、新しい風習だな」
 旅をしながら生きる生活の一つの醍醐味が、これだ。その土地ならではの「新しい風習」に出会えること。
 今まで住んだ土地では、親が子どもを見るために学校に来るという風習を持つところはなかった。事情は様々だ。子どもが「学校」という場所で勉強しているとは限らないとか、子どもに親がいるとは限らないとか。「平日」と「週末」の区別がない土地もあれば、「週末」こそ、大人も子どもも仕事で忙しい土地もある。
 幸い、その「父親参観日」が予定されている日曜日、私の予定は空いている。私は言った。
「分かった、サリー。その日は、学校に、お前の様子を見に行くことにしよう。他にも、何か面白いものが見られるかもしれないしな」
 サリーは、私の顔を見上げ、悪戯っぽく目を輝かせて、ニッと笑った。

 日曜日。
 私は、授業が始まる二十分ほど前に学校に着き、サリーの教室に案内された。
 子どもたちは、親よりも早い時間に集合するよう指示されていたらしい。私が教室の中に入ると、三十人ほどの子どもたちが、一斉にこちらを見た。そして、二人、三人で額を寄せ合い、口と耳を寄せ合って、ひそひそ話を始める。
 私の後から、もう一人、別の父親が入ってきた。新しい人物が登場するたびに、子どもたちの表情はくるくると変わり、一度収まったひそひそ話が、また息を吹き返す。
 私は、他の親たちに交じって、教室の後ろのスペースに立っていた。一番後ろの列の男の子と、その前の席の男の子、その近くに座っている子数名が、ひときわ大きな声でお喋りをしている。
「日曜も学校とか、何の罰ゲームだよ」
「おまけに、父親参観とか、まじうぜー」

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