小説

『父ちゃん』想(芥川龍之介『父』)

 この土地の言葉を最近身につけたばかりの私には、「まじうぜー」という言葉がどういう意味なのか、正確なことは分からなかった。だが、子どもたちの顔つきから察するに、あまりいい意味ではないのだろう。
 私は、ちらっとサリーの方を見やった。サリーには、もしかすると、「まじうぜー」の意味が分かっているのかもしれない。私の怪訝そうな表情を見ると、顔をくしゃくしゃにして、肩をすくめて見せる。そして、その「まじうぜー」と言った男の子を、本人に気付かれないように、こっそり指差した。
(そうか、この子が、サリーの言っていた、あの男の子なのか…)
 私は、数日前、サリーから聞いた話を思い出した。クラスに一人、とても目立つ男の子がいると。物まねが得意で、頭も口もよく回り、勉強も出来る。だから、クラスメートたちにも、先生たちにも、評判は悪くない。だが、非常に辛辣で、口げんかになると誰も勝てない。外国語が母国語のサリーは、この子に何度か訛りのことでからかわれた。しかし、口論して勝てるはずもないので、最近は関わらないようにしている、とのことだった。
(名前は確か…タハだったか…)
 私は、さりげなく、タハの様子を観察し始めた。授業開始の時刻が迫ってくるにつれ、後ろの入り口に父親たちが現れるペースも上がっていく。タハは、新しい登場人物を目にするなり、瞬時にその身体的な特徴を掴み、小さな体で器用にそれを真似して見せた。
 周りの子どもたちは、それを見て大笑いだった。私は、笑いこそしなかったものの、少年の物まねの巧みさに舌を巻いていた。
 そこへ、一人の老人が現れた。他の父親たちに比べて、明らかに一世代は上と思われる風貌。この教室にいる子どもたちから見れば、父親というよりは、「おじいちゃん」と呼ぶ方がふさわしいだろう。
 老人は、私を見つけると、軽く会釈した。私も会釈を返した。
「結局、参加されることにしたんですね」
 近くに来た老人に、私は言った。
「ああ、妻に説得されてな…」

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