小説

『父ちゃん』想(芥川龍之介『父』)

 余りの大声に、教室中が静まり返り、皆一斉にタハの方を見た。この時、副社長がどんな顔をしていたのか、私は分からない。そちらを見る隙がなかったためだ。タハの言葉と前後して、教室の前の方から、別の男の子の声で、
「お前の父さんの目、何だよ、あれ!」
 という、鋭い、嘲るような声が飛んできた。
 そして、次の瞬間、その付近で、
「キャーッ」
 という大きな悲鳴が上がった。
 見ると、小さな女の子が、顔を真っ赤にして、椅子を宙に振り上げている。どうやら、隣の席の男の子に自分の父親のことをからかわれ、その子を椅子で殴ろうとしているらしい。
 止めに入る間もなく、椅子は、ものすごい勢いで振り下ろされた。だが、男の子もはしっこかった。すんでところで椅子をよけ、床に転がった。
 空振りした女の子は、手にした椅子を片手で教壇近くに放り投げた。そして、次の瞬間には、目に涙を浮かべ、
「父ちゃんをバカにするな!!!」
 と叫んで、床に転がった男の子に、猛然と襲いかかった。
 二人の取っ組み合いを、クラスメートや大人たちが茫然と見守る中、一人の父親が、ツカツカと近づき、二人の襟首をひっつかんだ。
「二人とも、やめなさい!!!」
 その父親は、子どもの体を引き離し、床に放り出した。二人は、尻もちをついて、悲鳴を上げた。そこへ、担任の教師が入ってきた。
「何をやっているの!?」
 喧嘩の仲裁に入った父親がすっと立ち上がり、私は、その時初めて、彼の顔を見た。
(これは珍しい!)

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