小説

『白雪姫の遺言』日野成美(『白雪姫』)

 白雪姫は、何度でも言うが、あんなに優しくて愛らしいお姫様はいるものかと思った。オイラたちの心の光だったよ。思い出すと今でも笑顔になっちまう。いつも明るく笑っていて、その笑顔が見たくて、オイラたちは競って彼女をよろこばそうとしたよ。何かあって白雪姫が泣いてしまうと、世界が真っ暗になっちまったように思ったもんさ。けれどもしばらくするとケロッとして、また笑いはじめる。彼女はオイラたちの心の救いだった。ただいるだけで、彼女はまわりをしあわせにしたんだ。
オイラたちは山の小屋でみんな仲良く楽しく暮していた。オイラたち小人は七人そろって山で金銀宝石を掘り、白雪姫は家でごはんを作って、寝床をきれいにして、テーブルに花をかざって帰りを待っていた。あの頃の白雪姫が成長する様子といったら、日増しに磨かれる珠を見ている気分だったね。歳月は流れて、白雪姫もうるわしい乙女になった。
 彼女は明るく優しかったが、ともすれば何か考えこんで孤独の殻に閉じこもる癖があった。どうやら昔のことを思い出すらしかった。月が憂いを運んでくる明るいある夜、白雪姫は窓に頬杖をついて何かを悩んでいた。オイラが近寄ると悲しくほほえんで、オイラだけにこう告白したんだ。
「わたしね、なぜおかあさまがわたしを殺そうとしたのか、今になってもわけがわからないの。おかあさまのことが今も怖くてならないのよ。今にもやってきそうな気がする」
 オイラは白雪姫のほっそりした手を握りしめて、何にも心配はいらない、自分たちが命がけですっかり守るのだからと約束した。白雪姫は真珠のような涙をぽろぽろ流して泣いた。
「おとうさまも、どうして止めてくださらなかったのだろう」
 オイラは白雪姫が泣きやむまで手をさすっていた。それからいつものように言った。
「お気をつけ、どこから魔女が来るかわからんのだからね。日頃から用心して、決して他の人を家に入れてはいけないよ」
 はたして継母の女王は山を登って白雪姫を殺しにやってきた。山と麓とは時間の流れが違うんだが、女王は白雪姫が生きていると知るや、すぐに飛んできたのだと思う。あの魔女の女王は、最初は呪いの紐で、そしてそれが失敗するや、次は呪いの櫛で白雪姫を殺しにかかってきた。二つとも失敗した。白雪姫は本当に山に守られているんだからな。

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