小説

『白雪姫の遺言』日野成美(『白雪姫』)

 白雪姫。まだ七つになったばかりというような子供が、世界で一番美しいわけがありましょうか。たしかに、白雪姫はお美しいお姫様でした。その青い眼などはどこかあだめいていて、赤いくちびるに浮かぶ笑みに、なんと申しましょうか、色香のようなものすらあったのです。ふとしたときにわたしは、このお姫様が成人されたあかつきには、たくさんの男が泣くことになるだろうと、そう想像したことがございました。しかし、なんといってもまだ子供でしたからね、魔性の物はこういう戯言も言うのだろう、女王様が真に受けなければいいけれども、とわたしは思いました。
 しかしその頃からだったと記憶しています、女王様が継娘の白雪姫にひどくつらく当たるようになられたのは。それまで白雪姫と継母の女王様は仲良くお過ごしになっておられたのです。お父君の王様はどちらに味方をするでもありませんでしたが、時に白雪姫をなぐさめるため、夜更けるまでお姫様の寝室においでのこともありました。
 ある夜のことでした。わたしが廊下を差し掛かると、白雪姫が白い寝間着を足元まで引きずって、乳母の袖を引いてこう言っていました。
「おかあさまにお花を差し上げたいの。ばあや、おかあさまと仲直りしたいのよ」
「あんなにひどいことをなさる、おかあさまが、お姫様は憎くはないのですか?」
 白雪姫は黙っています。その様子はとてもいじらしくおいたわしくて、涙が出るのをおさえられませんでした。ましてや乳母はすすり泣いていました。お姫様もしくしくと泣き出して、乳母にしがみつきました。
「どうしておかあさまは、あんなに恐ろしくなってしまわれたの?」
 乳母は何とも答えることができません。わたしはその答えを知っておりましたが、それでもこう思いました。――こんなあどけない子供が世界一美しいなんて、そんな馬鹿なって。乳母は言いました。
「王様にお話をしておきましょうね。さあ、今夜もよくおやすみになれますように」
 あくる日、白雪姫は狩人に連れられて森へ花をつみに出かけました。それから二度と、白雪姫がこのお城に帰っておいでになることはありませんでした。

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