鷹が鋭い声を上げて森の梢をかすめていったので、我に返った。俺は勢いのままに短剣を抜き放ち、振りかざすと、白雪姫めがけて振り下ろした。白雪姫は何が起こっているのかもわからない様子で大きく眼を見開き、くちびるを半開きにして、少し乱れた黒髪が肩から腕にかけてまばらにかかっていた。一心に俺だけを見つめていた。その一瞬が永遠になって、俺を絡めとった。もう一度鷹が鋭く鳴いた。俺は短剣を投げ出してその場に倒れ伏すと、かすれた声で叫ぶように言った。
「行ってくれ、行ってしまってくれ。俺はあんたを殺すよう言われてきた。頼むからどうか遠くへ行ってくれ」
白雪姫が立ち上がって後じさる気配がした。俺はもう一度大声で「行け!」と叫んだ。眼をつむって頭を抱え、どくどくと血が音を立てているのを聞いた。花の香りが顔に迫って甘かった。次に顔を上げた時、もう白雪姫はいなかった。
たしかにあの瞬間、俺はかどわかされかけていた。あの七つになるかならないかっていう子供に。それがどんなにおそろしいことだったか、あんたにはわからねえだろうな。
あの姫をどう思ったかって?
悪魔だよ。
3 小人の話
白雪姫がオイラたちの家のベッドで、すやすや眠っていたあの時はえらくたまげたね。オイラたちの家に入れたっていうことは、清らかな心の持ち主だったことには違いない。本当にいい子だったよ。オイラたちの宝物だった。
白雪姫は宝石だ。
いいかい、美しいものは守られなくちゃあならねえんだ。けれども一方で、あまりに美しい宝石は隠されなきゃならねえ。美しいものは愚かな人間をたぶらかす。美しいものを求めれば穏やかな働き者になるが、求めすぎれば戦争になるんだ。俺たちは白雪姫を人間から隠すことに決めた。それは正解だったよ。
白雪姫の持つ魔性かね? オイラたちには関係ないことだったさ。なぜってあれは欲得にうずうずしている人間にだけ通用するもので、オイラたちのような精霊にはまったく影響しないんだな。オイラたちは白雪姫を大切に、清らかなままあつかったよ。