2 狩人の話
お城から呼び出しがかかったら半分死んだってことだと思え、というのは、森の主の白鹿をあえて討ちそこねてお手打ちになった親爺の最期の言葉だ。王様や女王様っていうのは平民の前にふんぞり返っては無茶なことを言うっていうのは、よくよく懲りていた。今度も絶対に何かとんでもないやつが来る予感がしたものさ。
お姫様を殺せときたよ。
断ったらお手打ちで首が飛ぶ。やると答えても口封じに殺される。ただ救いは俺には子供もなく、妻は一月前に病気で天国へ召されていた。思い残すこともない独り者であることが、選ばれた理由だったんじゃねえか。女王様は自らこう仰せになった。
「白雪姫は世界一美しい。ゆえに殺されなければならない」
あくる日、俺は白雪姫といっしょに森に足を踏み入れた。おりしも雪が溶け、太陽や鳥、木々や花が明るく春の賛歌を歌っている。俺は白雪姫が楽しげに森の中へ駆けていくのに、ただ黙ってついていった。
やがて木と木の間の陽だまりの中、とりどりの花が絨毯のように咲きほこる花園へとたどり着いた。白雪姫は声をあげて飛びこんで行く。その花園はこの森で一番美しい花園で、俺もここで遊ぶのが大好きだった。お姫様は矢車菊とたんぽぽで花の冠を編んで、かわいらしい声で賛美歌を歌っている。俺は腰の短剣に手をかける。いつも獲物を狩るときと同じように心を冷酷にした。気配と殺気を殺して後ろに忍びより、短剣を抜こうとした次の瞬間、白雪姫がぱっと振り返った。
「狩人さんは、よくこちらへいらっしゃるの?」
俺は短剣にかけていた手を離して、それを紛らわすために手をズボンで拭いた。「ええ」と口ごもるように答えた。それからお姫様は俺にまた何か問いかける。小鳥のように愛らしく、泉の水のように澄んだ快い声だった。白雪姫は子供らしく無邪気に、おかあさまにお花を持って行って仲直りをする、おかあさまは矢車菊がお好きなのだそうだ、とかそういうことを、のべつまくなしにしゃべっていた。それの声が、あやしいほどになまめかしくて、何かの音楽みたいに俺の頭をぼうっとさせた。体の中で血がざわついて、気味が悪いほどだった。自分が自分じゃなくなるみたいだった。俺は腕を広げて白雪姫に近づいた。頭が真っ白になった。