小説

『神隠し沼』宮城忠司(白山麓民話『孝行娘』)

 ミユキは越前商人から鉄砲弾薬を仕入れ、合戦に供えた。白山を迂回して白峰から勝山までの街道が、まだ勝家軍の手に落ちていなかった。そのルートからの陸送は容易だった。            
 吉冶は合戦を本位としていなかった。唯、むやみやたらに山内衆を惨殺する勝家軍から我が身と配下の町人農民を守らなければいけなかった。鳥越城が落城する寸前に何千人もの山内衆が吉冶を頼って逃げ込んで来た。
 鳥越城で最後まで戦い、捕えられた山内衆三百人余りが見せつけの為、磔に処された。三日もすれば勝家軍が容赦なく攻め込んでくるだろう。如何に長期間籠城できるかが鍵だった。兵糧をできるだけ屋敷の中へ積込んで敵の襲来に供えた。能登に陣を構える上杉影虎が隙を見て勝家軍を横から攻めるやもしれず、勝家は白山麓一向宗討伐に長い時間を割く訳にはいかなかった。
 勝家軍が鳥越城を攻略し手取川添いを進軍しているという情報がもたらされた。その日の夜だった。激しい地響きとともに、濁流の音がこだました。神隠し沼が決壊し、一気に土石流が川筋を下り流れた。
 運悪く野営中の勝家軍を濁流が襲った。壊滅的な損害を被った勝家は、すごすごと金沢へ引き返した。吉冶は一滴の血を流すこともなく領民、田畑を守ることができ、頼ってきた山内衆の命をも守れた。幸運以外の何物でもなかった。
 ミユキは久しぶりに平和を甘受し吉冶と語らい合った。
「お父様?あれは、龍が怒ったのかも知れんね。明日、赤ご飯と草鞋(わらじ)一足、供えに行こう。土石流は谷筋を走ったそうやから、崖上の獣道は通れるやろう。あの髭龍も腹へっとるかもしれんし::昨日暴れたから、草鞋も無くしたかもなぁー」

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