小説

『神隠し沼』宮城忠司(白山麓民話『孝行娘』)

 その間に座敷から縁側まで余すところなく一面に純白の真綿が敷き詰められた。その上を草鞋(わらじ)ばきで歩こうものなら、真綿が絡んでしまい、転んで醜態を曝け出すだけのものだった。
 ミユキは昨日、母から腰に括りつけて貰った草鞋(わらじ)で試してみようと思った。破れかぶれの心境だった。ミユキは真綿の上を滑るように歩くことができた。足跡さえ付かなかった。
 殊のほか喜んだ吉冶は、養女として貰い受ける為に、ミユキを引き連れ伝造の家へと急いだ。棚田まで下りた所で畔の雑草を刈っている伝造と出くわした。腰を上げた伝造は、友禅仕立で着飾ったミユキを娘だと気付く余裕がなかった。
「旦那様。こんな処へ、よういらっしゃいました。なんか不都合でも::」
「いやいや、伝造。頼みごとがあってのう。ミユキをワシの養女にと思ってのう。詳しい話はせんでも宜しかろう。たってのお願じゃから」
 伝造は長者、吉冶の後ろに控えている娘に目を移し、しげしげと見つめ、やがて目を大きく見開いた。
「ありゃまぁー。ユキぼうじゃないかい?おべべ着てどうしたんじゃい?それも、旦那様と一緒だなんて::」
「オトウ!ウラ、長者さんの養女に選んでもろうた::なんでか知らんけど、そうなってしもうた」
 伝造は腰を抜かさんばかりに驚いた。生きている間に末娘と会えるとは思ってもいなかった。坊さんと山へと登って行くミユキの後ろ姿に手を合わせ、金輪際会えないものだと諦めていた。それも、昨日の今日である。驚くのも無理は無かった。
 伝造はユキぼうの養女話を断ろうと思い、グジグジとあらぬ屁理屈を述べ立てた。身分の違いを考えるとあってはならないことだった。終いに、吉冶が切れてしまった。
「なんやとう?身分格式の事を言うとるのか?そんなもんなんじゃい。ワシが養女にすると言うとるがや!ええ加減にせんかい」
 その一喝で伝造は畔にひれ伏した。娘の幸せを願わない父親が何処にいようか?あっさりミユキの養女入りが決まってしまった。

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