小説

『ツバメとおやゆび姫』五十嵐涼(『おやゆび姫』)

 そこまで言い切ると、洋介さんは僕の顔をみて眉を下げた。きっと今にも泣き出しそうだと思ったのだろう。
「別に俺は怒っている訳じゃないよ。ただ、江藤くんはこんな所で終わる人間じゃないと思っているんだ。ギターの技術もそうだし、それに俺は江藤くんの歌声好きだよ」
ふいに好きだと言われて、先程まで凍っていた体が一気に熱を持つ。
「え、え、え」
「お世辞じゃないよ、本当そう思う」
 窘められていたのが急に褒められ、どうして良いのか分からず思わず洋介さんから視線を逸らす。
「俺さ、東京に行くんだよ」
「え!?」
 顔を上げると、洋介さんがぽんぽんと頭を撫でてきた。
「デモを送りまくっていたらさ、お声がかかったんだ」
「す、すごい」
「別に凄くなんか無いよ。お声がかかるまでやり続けただけの事さ。でさ、俺が東京に行った後も江藤くんにギターを続けて欲しいと思っているんだ。やる気があるなら、ここは好きに使っていいから」
 そう言うと、洋介さんはズボンのポケットから鍵を取り出し、僕に手渡してくれた。
「ただし、高校までの間だ。その後、江藤くんも東京に来るんだぞ。その時に鍵を返してくれ」
「よ、洋介さん!!!」
 気がつくと僕の目からは涙が溢れていた。

 
 その後、ギターの練習を洋介さんと一緒にして、日が暮れる前にはスタジオを後にした。オレンジ色に染まる空を見つめながら、少し大人になった自分が居た様な気がしてどこか誇らし気だった。胸を張って歩いていると、後ろから僕の名を呼ぶ声が聞こえた。
「江藤くん」
 振り返ると、和泉が息を切らしてこちらに向かって走ってきていた。
「和泉!?どうした?」
 いつも冷静な和泉がこんな風に慌てている姿に、きっと何かあったのだと思った。

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