小説

『ツバメとおやゆび姫』五十嵐涼(『おやゆび姫』)

「江藤くん、前を見ていないとまた自転車に轢かれちゃうよ」
「………え!!!和泉!?」
 そこには真っ黒いワンピース姿の和泉が居た。背こそ伸びていないものの、暫く会わない内に彼女は大人っぽく、そしてより美しくなっていた。
「どうしたんだよ!すっげえ久しぶりだな!学校全然来てないから心配していたんだぞ」
 いささか興奮気味に話す僕に対して、和泉は表情を曇らせ少し俯きがちだった。
「あ……大きな声出してごめん。嬉しくて、つい」
 すると和泉は首を振る。
「学校はもう辞めたの。あと、今日、おばあちゃんのお葬式で……」
「え…!!」
 もう一度彼女の服装を確認し、あっと声を漏らす。
「おばあちゃんが亡くなった後、知らない人達が急に来て。親戚だって。あの家は親戚の人が遺産として受け取る事になるから出て行けって」
「は!!?なんだよ、それ!!」
「私も次を見つけるまで待ってって言ったんだけど、すぐに売りに出したいから、今すぐ出て行けって」
 彼女の大きな瞳から真珠の様な涙がポロポロと溢れてきた。
「い、和泉……」
「ごめんなさい…おばあちゃんが亡くなった日も我慢出来たのに……ごめんなさい」
 そしてそのまましゃがみ込むと震える様に彼女は泣き続けた。どうして良いのか分からず暫く傍観していたが、鞄からハンカチを取り出すと彼女の前に座りそっと手渡した。
「ありがとう。あ、あんまり遅くなると江藤くんのお家の人が心配しちゃうね」
 すくっと立ち上がると、細い指先で目尻をこする。その顔は先程までの涙が嘘みたいに清閑なものだった。
「和泉!」
 このまま別れたら一生和泉に会えない様な気がして、思わず彼女の手を握りしめる。彼女の手は以前触った時よりずっと細くなっていた。
「な、なに?」

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