小説

『ツバメとおやゆび姫』五十嵐涼(『おやゆび姫』)

 よく見ると、彼女の視線はこの紙袋に釘付けだ。
「なんだよ、この店知っているのかよ」
 僕の声に、一瞬光り輝いていた彼女の目がすっといつも通りの無機質なものへと戻ってしまった。
「そのお店、前にテレビでやっていて。でも、おばあちゃん洋菓子嫌いだから」
「おばあちゃん……ああ」
 そう言えば、昨日クラスの女子が和泉はおばあちゃんと二人暮らしだと言っていた。
「クッキーくらい買ってって言えばいいじゃん」
 僕にとってはごく当たり前の事を言っただけだったのだが、どうやら彼女の家庭環境は違うらしい。
「私を引き取ってくれただけで充分だから。おばあちゃんに我が儘は言えない」
 そこまで言うと、彼女は俯いてしまった。
「そっか。クッキーくらいなら僕に言えよ。いつでも買って来てやるよ」
「……江藤くんに……言ってもいいの?」
 パッと顔を上げ和泉が言う。
「え!!?う、うん!」
 まさかそこに反応するとは思わず、声が裏返ってしまった。
(クッキー如きで女子高生が釣られるか!?普通)
「だ、だって、和泉とは引きずられた仲だから」
 あまりの事に意味不明な言葉を発してしまい、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆う。
「ああ!!何言っているんだ!僕は!」
「ありがとう」
 一人動揺しまくっていると、すっと彼女が手を伸ばし、僕の手を掴むと握手をしてきた。この暑さの所為なんかではなく、僕の手から大量の汗が吹き出す。
「私達、友達よね」
 彼女が発した言葉よりも、僕は彼女の手の感触ばかりに氣を取られていた。その手は小さく、まるで白桃の様に甘く柔らかかった。
「も、もちろん。と、と、友達だ」
 こうして僕は高校生になって初めての友達が出来たのだった。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14