小説

『ツバメとおやゆび姫』五十嵐涼(『おやゆび姫』)

「ねぇ、今度私にも聴かせてくれない?」
「え!?」
 今まで洋介さん以外の前で演奏した事が無かったので、すぐに返事が出来ず黙ってしまう。
「いや、かな?」
 和泉の大きな瞳がじっと僕を見つめる。
「い、いや、嫌じゃないけど」
「じゃあ、今度聴かせてね、約束。あ、そろそろ私、家の事しなきゃ」
 彼女は手を振りながら約束ねと走って行ってしまった。

 
「だぁーどうしよう、洋介さん」
 ギターアンプの前にしゃがみ込む洋介さんの後ろで、僕は頭を抱えながらウロウロしていた。
「どうしようって、別に聴かせてやれば良いじゃん」
 こちらを振り向く事なく洋介さんが答える。
「えーー、だって今まで洋介さん以外の人の前でギター弾いた事ないし。しかも歌うなんて言わなきゃ良かったー」
 何も今から和泉の前で演奏する訳でもないのに、既に緊張からか手が汗ばんでいた。
「そんなに嫌か?彼女に聴かせるのが」
「えー、だってまだ無理ですって!絶対無理!!」
「あのさ」
 よっと立ち上がり、こちらを振り返った洋介さんの顔が少し険しいものになっていた事に気付き、思わず僕は動きを止める。
「無理じゃなくて、やれる様に今から練習します、だろ?」
 普段優しい洋介さんからこういった強い口調を聞くのは初めてで、思わず体がビクリと揺れた。
「江藤くんはメジャーデビューしたいんだろ?だったらそんな事くらいでビビってちゃ駄目だ。これからもっと沢山の人の前で演奏しようって人間がそんなんでどうするんだよ」
 何も言い返せないでいる僕にため息を一つ吐くと、洋介さんはそのまま続ける。
「俺、いま組んでいるバンドのメンバーと路上ライブやっているだろ?そこでさ、誰一人聴いてくれなかったり、ヤジをとばされたり、そんなのザラだぜ。でも、それでも、俺達は途中でやめたりしないし、ましてや最初から諦めるなんて絶対しない」

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