小説

『ツバメとおやゆび姫』五十嵐涼(『おやゆび姫』)

「今日はまだ時間が早いから洋介さん居ないかなー」
 そもそも、スタジオとは、洋介さんのお父さんが所有しているガレージを改装して造ったものである。そして洋介さんは、たまたま楽器屋さんで知り合った大学生のお兄さんなのだが、音楽の話ですっかり意気投合した僕にギターを教えてくれている、今となっては師匠みたいな人だ。正直、僕は同級生達と会話が合わない。中学生の時に一度クラスメイトの前で好きなアーティストについて熱く語ったら怪訝そうな顔をされてしまった事がある。だが、洋介さんは違った。好みが似ているどころか僕以上の知識を持っていた。洋介さんと出会ってからは、ギターを教えて貰えるのも一緒に音楽の話をするのも楽しくて仕方ない。
「ああ、はやくこれ弾きたいな〜」
 鞄に忍ばせていたスコアブックをチラリと覗き、にまりと笑う。昨日の夜に自宅に届いてから、弾きたくて弾きたくて思わず指が動いてしまう。
「途中何カ所か分からない所があったから教えてもらわなきゃ」
 エアギターを演奏しつつ、スコアブックで所々確認しながら歩く速度を少し速めていく。しかし、この油断がいけなかった。次に顔を上げた瞬間、僕の目の前には自転車が猛スピードで迫っていた。
「!!!!!」

 
「あ………」
 ゆっくりと目を開けると、青々と生い茂る桜の葉の合間から金色に光る太陽が垣間見えた。
(ここ、どこだ?さっき自転車とぶつかって)
 ぼんやりとした意識のまま何とか思考回路を働かせていると、ひょいと顔を覗き込む美少女が視界に入ってきた。
「あ、起きたみたいね」
「………和泉!!??」
 弾かれた様に起き上がると、腕やら背中やら全身に痛みが走る。
「っつ!!」
「大丈夫?あなた自転車とぶつかって、道路の真ん中で寝ていたから端まで引きずってあげたのよ」
(引きずってって……)
 腕をみるとあちこち擦り傷だらけだ。

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