小説

『蚊』みなみまこと(『変身』フランツ・カフカ / 『カエルの王子』)

 俺は、子供の頃に聞いたおとぎ話を思い出した。
 お姫様は、池に落ちたマリを取ってくれる見返りにカエルと約束をした。
 マリを取ってきたカエルは、約束通り、いっしょにベットに寝てくれと言う。
 お姫様は、図々しいカエルを壁に叩きつけてしまう。
 すると、カエルは王子の姿になった。
 王子様は、悪い魔法使いに呪いをかけられてカエルの姿に変えらていたのだ。
 その後、二人は結ばれて、ハッピーエンドだったはずだ。
 乱暴なお姫様と情けない王子が結ばれるのが子供心にしっくりこなかったので覚えていたのだ。
 しかし、今なら分かる。
 男を知らない純粋なお姫様が、はじめて個室で男と二人きりになったのだ。
 健康な若い男女が一つの部屋にいるということは、本能的に結ばれることを感じ取ったとも言える。
 そう、有里香さんが俺を叩きつぶして、俺が人間の姿に戻れば、有里香さんにとって、初めて自分の部屋で二人きりになった男になるのだ。
 自然に二人は結ばれる。
 それが、あの話が語っている真実だと思った。
 それならば、有里香さんに叩きつぶされるのが俺の本望なのではないだろうか。
 人間にもどった俺に、有里香さんが一目惚れをして二人は結ばれるのだ。
 などと考えていたら、有里香さんが急に動き出した。
 窓から離れて部屋の奥へ移動し始めたのだ。
 何事だろうか?
 有里香さんは電話をとり、「もしもし、警察ですか」と言った。
 警察とは穏やかではないな。もしかして、俺のことがばれたのだろうか。
「また、来ています。そうです。ストーカーです。部屋の下の電信柱の横から双眼鏡でこっちを見ています」
 有里香さんはストーカーに悩まされていたのか。
 有里香さんは美人だから、ストーカーしてしまう気持ちも分からないでもないが、好きならその人のことを一番に考えるべきだ。自分の好意を押しつけても何の解決にもならない。

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