プランターから窓へ伸びたアサガオが花を咲さかせていた。
グリーンカーテンを作るとか言って親父が仕込んだのだが、中途半端に茂っているだけだ。
俺の背後から風を切るするどい羽音が聞こえた。
とっさに急降下してこれをかわす。
棘がたくさん生えた腕が俺の真上を通過した。
トンボだ。
緑色の目で俺をにらみながら飛び去った。
人間にとっては毛が生えた足であるが、蚊にとっては無数の棘がつきだしている腕である。あれに捕まったら逃れられない。
トンボ類は空中にいる他の虫をとらえて食う習性があるのだ。
俺は、アサガオのカーテンに身を隠そうと飛んだ。
その目の前にクモが浮かんでいた。
八本足で目が八つあるクモである。
なぜ、宙に浮かんでいるのだろう?
「クモの巣!」と俺の知性がひらめいた。
奴はクモの巣の中央に陣取っているに違いない。蚊である俺の目にはクモの巣が見えないのだ。
後ろから、さっきのトンボが引き返してくるのが見える。
まさに四面楚歌、前門のクモ・後門のトンボだ!
知性ある蚊である俺は考えるしかなかった。
トンボの飛行速度は速い。
蚊と比べるとジェット戦闘機とプロペラ機くらいちがう。
そう交わしきれるものではない。
俺は一か八か、クモの足下に突進した。
クモの足下を通過するとき羽の先端が糸に触れた。
「南無三!」
俺は無事にクモの巣を通り抜けた。
クモの糸には二種類ある。巣を作っている縦糸には粘性がなく、横糸には粘性があると聞いたことがあった。クモの足は縦糸の上にあると読んだのだ。