しかし、なんてことだ！
異様に腹が減った。
飛行するということは思った以上にエネルギーを消費するのだ。
そこへ、かぐわしい食欲をそそる甘酸っぱい臭いが漂ってきた。
よだれが垂れると思ったが、蚊の唾液は食欲程度では出ないらしい。
こんなにうまそうな臭いはかいだことがなかった。
俺はその臭いに誘われて、ふらふらと浮遊していく。
その臭いの元は妹の部屋だった。
高校生になったばかりの妹は、兄である俺を部屋に入れようとしなくなった。兄としては妹が大人になっていく過程だとほほえましく思うのだが、さみしい面もあった。
そんなことを考えているうちに、ドアの隙間から妹の部屋へ入ってしまった。
不可抗力だ。すまん、妹よ。
妹はベットに寝ころび、文庫本を開いている。
なんと、下着姿であった。
まあ、兄妹というのはおかしなもので、妹が半裸でいようと、異性としては見えないものだ。しかし、蚊になった俺には、ものすごくおいしそうに見える。
性欲としてではなく食欲としておいしそうということだが。
辺りに漂ううまそうな香りの正体が、妹がはき出す二酸化炭素であることが分かった。妹の胸の上下に合わせて臭いが濃くなったり薄くなったりするようだ。
これはたまらん。
俺は妹の太股に止まると、口針を差し込んだ。俺のするどい針は何の抵抗も感じずに皮膚の中に入っていった。
そのときである。唾液が機関銃のように断続的に妹の体内に注入された。
これがかゆみの原因らしい。さらに血が凝固するのを防ぐ役割があると聞いたことを思い出した。
つづいて、妹の血管から血液が流れ込んでくる。
な、なんだ！ このうまさは！
ジューシーで濃厚でコクがありマッタリとしてモッタリとして、それでいてしつくこない！
例えるなら、砂漠をさまよったあげくに飲み干す一杯の極上ワイン！
人間でいる限り、味わえない至高の味覚のシンフォニー。