小説

『心のこもった余興ムービー』村崎涼介(『桃太郎』)

 友人たちに囲まれながら、キヨトは彼女たちの様子を遠くから見つめている。彼は、――このトラブルが発生することを事前に知っていた。キヨトだけではない、ツバサも。
 実は、今までツバサはキヨトに色々と情報を横流ししており、余興ムービーのことも当然伝えていた。

 今から3時間前、ミツキが出発の準備を大急ぎでしていた午後4時過ぎ、
 あの時、
 彼女がトイレに入った隙に、ツバサは完成したディスクを、別の偽物と差し替えたのだ。本物のラベルには文字が記入されていたので、ミツキの筆跡を真似し、ツバサは偽物に書き加える。しかも、トイレから出てきたミツキ本人に、
「他に完成版のスペアのディスク、ある?」
 と確認し、
「無いよ、そんなの作る時間、無かった」
 と答えるミツキ。
 これらのツバサの行動は全て、予め新郎に指示されたものである。

 ところが、この後、彼にとって予想外の展開が起きた。
 一瞬にして、表情が変わるミツキ。焦りの表情が消え、小さな声が漏れる。「あ」
 続けて、
「あれだ」
 とも言った。自身のバッグに手を差し込み、何かを探している。そこから取り出したのは、
 1枚のDVD-R。
 そのラベルには、タイトルも何も記載されていない。「これ、使ってください」
 キヨトの顔色が一変する。血の気の引いた、真っ青な表情。あからさまに動揺していた。
 ミツキの持っているディスク、それは――。
「あ~、それ、みんなで昨日見た、修整前ムービーでしょ」アンズが気付く。「DVDに保存していたんだぁ。さっすが~」
 新郎の異変に愛理が「どうしたの? キヨト」と声を掛けても、彼の耳には届いていない。手にしていたグラスをテーブルに置き、人を掻き分け、歩き出すキヨト。やめさせなければ。
 手際良く幹事によってディスクがPCドライブにセットされ、データを読み込むと――。
 からっぽ。
 その1枚にも、データが入っていなかった。
「嘘!」悲鳴にも似た、ミツキの声。
 キヨトは立ち止まり、ツバサに視線を送る。
 彼女は、彼の方に顔を向け、黙って頷いた。

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