小説

『美希と紗希』山本康仁(『浦島太郎』)

 同時に、開いた箱からばらばらと写真が舞い落ちる。そこに写っているのは、さっきみたばかりの自分の姿だった。七五三のときの自分、小学校に入学時の自分。文化祭の、運動会の、花火大会の自分。修学旅行の、高校入学時の桜の木の下の自分。
「これって、もうひとりのわたし」
「あの子も生きてたら、こんな風になったんだろうなって」
 一枚一枚、箱に拾い戻しながらお母さんが言った。
「そっくりだったと思うのよ。双子だったんだから」
 箱を閉じようとするお母さんの手が震えている。お母さんの声がぐしゅぐしゅ濡れて、最後の言葉が床の上にぽとっと落ちた。美希はティッシュを渡す。お母さんは小さく鼻をかんでから、赤い眼を笑わせて美希を見つめた。
「美希が生きててくれて、お母さん、救われたんだ。あの子だって、きっと美希の中に生きてる。美希が生きててくれるから、一緒に生きていけるのよ」
 今晩、お父さんが帰ってきたら詳しく話すねと言って、お母さんは立ち上がった。「遅れるよ」と、美希にカバンを渡す。
「わたしも、お母さんとお父さんに言わなきゃいけないことがあるんだ」
 姿見に全身を映し、制服をさっと整えながら美希は言った。
「何? やだぁ。彼氏紹介とかじゃないでしょうね」
 いつもの調子に戻ってお母さんがはしゃぐ。
 怒られるだろう。美希は思った。いや、そんな簡単なものじゃ済まないはずだ。傷つけて、お母さんはまた泣くかもしれない。自分を責めるかもしれない。お父さんには何と言われるのか、どうしろと言われるのか。考えれば考えるほど逃げたかった。でも自分ひとりで決めていいことじゃない、そう美希は思った。みんなにきちんと伝えて、きちんと責任を取りたい。そして今はほんの少し、産みたいとも思っていた。

 鳴り始めるチャイムに、美希がぎりぎり席に着く。
「立花、元気になったのか」
 ざわざわする教室の中で、先生がたずねる。
「もう、大丈夫です」
 問題は山積みで、きっと自分が想像するよりずっと現実は厳しいだろう。世間の目も、働くことも、育てることも。すぐじゃなくても、できれば大学にだって行きたかった。
「大丈夫です」
 美希は前を向く。美希の声が教室に凛と響いた。

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