小説

『美希と紗希』山本康仁(『浦島太郎』)

「これわたしの好きなやつじゃん!」
 足もとに転がるお菓子を見て、美希のテンションが上がる。コンビニ限定のシュークリーム。発売と同時に売り切れが続き、お母さんにわざわざ入荷時間にコンビニに行ってもらったのだ。数日前、夕飯の後にお母さんと食べたばかりだった。
「これも、ちょっと前に流行ったやつ」
 見渡すと、蓮の葉の上には美希がハマったお菓子や好きな食べ物がずらりと並んでいる。毎年親戚のおばさんが送ってくれる焼き菓子のセットもあった。
「一度でいいからこれ、全部ひとりで食べてみたかったんだよね」
 美希はにやりと笑い、向かい側に座るもうひとりの自分に「いい?」と確認する。
 もうひとりの美希は相変わらず笑顔のまま、何も話さない。いや、よく見ると着ている制服が紺のブレザーになって、髪形も美希がまだ陸上部にいた頃のようなショートカットになっている。
「入学したときのわたし・・・?」
 美希はマドレーヌを頬張りながら、ぐっともうひとりの自分に顔を寄せる。
「やっぱり」
 美希はうなる。忘れもしない。せっかくの高校生活初日だというのに、朝起きて鏡を覗くと鼻の頭にニキビができていたのだ。慌てて潰してみたものの、かえって鼻は赤くなってしまった。落胆している美希を見て、お母さんがファンデーションを塗ってくれたのだ。
 空から桜の花びらが舞ってくる。そう言えば入学式の写真も、桜の木の下で撮ったっけ。美希にはもう随分昔のことのように思えた。
「食べなよ」
 美希はもうひとりの自分にもお菓子を渡す。それから辺りを見渡して、少し先に置いてあるプリンをつかんだ。
「なっつかしぃ~」
 美希がつぶやく。これはテレビで紹介されていたものを、お父さんが出張のときにお土産に買ってきてもらったものだ。「はい」ともうひとりの美希に渡し、自分も蓋を開ける。それからスプーンでプリンと下のカラメルをぐちゃぐちゃに混ぜると、一気に口に流し込んだ。美希のいつもの食べ方だった。汚いからやめなさいとお母さんには注意されるが、小さい頃からのお気に入りの食べ方はやめられない。もうひとりの美希は嬉しそうにそれを眺めると、静かに上から順番にスプーンですくって食べていった。

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