小説

『美希と紗希』山本康仁(『浦島太郎』)

 気づけばどこからか懐かしい音楽が聞こえてくる。美希が中学生のとき憧れたアイドルグループの曲だ。リズムに合わせて、あの頃友だちと練習した振り付けが甦る。思わず身体が上下に揺れる。半分本気でオーディションにも応募した。最初の書類選考でダメだったけど。
「一緒に躍ろうよ。踊れるでしょ?」
 見るともうひとりの美希は中学生のときの制服を着ている。いや、それは実際に中学生のときの美希だった。ちらと背中にバッグが見える。
「これって確か・・・」
 修学旅行のときだ。仲の良かった友だちが旅行用に新しくバッグを買うと聞いて、一緒にショッピングモールへ行った。黒地にファスナー部分がピンクのアクセントになっていて、見た瞬間これだと美希は即決したが、今となってはそのピンクが子どもっぽくて、ずっと押入れに眠っている。
 中学生の美希はそのピンクのファスナーを開けると、中からお面を取り出して頭にかぶった。小学六年生の文化祭で演じた、魔女の役のお面だった。練習中、そのお面をつけるたびに男子たちにからかわれ、美希も調子に乗って追い回していた。文化祭の後、お父さんが撮った写真を見て、ステージ上でスポットライトを浴びるお面に自分でもどきっとしたのを思い出す。
 どんどん幼くなっていくもうひとりの美希を見ながら、美希はアルバムを遡っていくような気分だった。魔女の美希はそれから、運動会で一位のバッジをつけた小五の美希になった。それから親戚と花火大会に行った浴衣姿の小三の美希。黄色い通学帽に新品の赤いランドセルの美希。七五三参りに祖父母と行った晴れ着姿の美希。そのときのことはぜんぜん覚えてなかったけど、鳥居の前でお母さんに抱っこされた写真はいつもキッチンに飾ってあった。
 それから美希はもっともっと小さくなって、ついには美希の周りをはいはいで歩き回った。そして指をしゃぶってごろんと横になると、ぷにぷにした脚を無防備に伸ばして目を閉じた。可愛いな。自分ながらに思った。喉が渇いて、美希は傍にあったペットボトルをつかむ。大会の後よく飲んでいたそれを、ぐいぐいと一気に半分ほど流し込む。
「ぷはぁ。うめ~」
 CMを真似してよくやった。手の甲で唇をぐいっと拭き、両腕を広げて空を見上げる。空はいつの間にか美希の好きな淡い夕焼けに染まっていた。
 視線を戻すと、そこにはもう、もうひとりの美希はいなくなっている。代わりに「おぎゃー」という元気な赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。産まれたばかりのわたしはどんなだったのだろう。そう言えば、一度もその頃の写真やビデオを見たことがない。わくわくしながら美希は泣き声のするほうに近づく。そこには小さなベッドがふたつ、中にそれぞれ赤ちゃんが横たわっている。ひとりはさっきから泣き喚いている。もうひとりは疲れきったように静かに眠っていた。

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