小説

『美希と紗希』山本康仁(『浦島太郎』)

「ねえ、バイトしてもいい?」
 いつも通り夕飯を食べながら美希は聞いた。堕ろすのにはお金がいる。それだけが美希には唯一問題だった。
「受験生でしょう。大丈夫なの?」
「夏休みの間だけだから」
「小遣いで十分じゃないのか?」
 缶ビールを開ける音が、お父さんの声と重なる。
「お金じゃなくて、ちょっとバイトしてみたいだけ。経験っていうの? いいよ別に、ダメならダメで」
 美希のやり方だった。そう言うと、ふたりはいつも認めてくれる。ひとりっ子の美希にふたりは優しかった。ズルいとは思いながら、美希はよくそれを利用した。
「ダメってわけじゃないけど」
 予想通りの返事がくる。
「ほどほどにするんだぞ」
「それより風邪、良くなったの?」
 お母さんが心配する。
「なんだ美希、風邪だったのか?」
「ごちそうさま」
 美希は立ち上がる。
「シャワー浴びたら、今日はもう寝るから」
 本当に熱っぽかった。疲れがどっと出て、思っていた以上に動揺してたんだなと、美希は自分にびっくりした。

 朝ご飯をすませ、制服に着替えるまでは何ともなかった。着替えた途端、頭がくらくらする。学校に行きたくなくなった。授業なんかどうせ集中できない。教室に入って、昨日どうしたの? という視線を浴びるのも億劫だった。
 こんなことにならなかったら。
 今更ながらに悔しさがこみ上げる。
 なんでわたしが・・・。

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