小説

『クレームまんだら』鶴祥一郎(『耳なし芳一』)

「ふーん、悟りねえ……だったらこれ『クレームまんだら』なんてどう?」
「何ですかそれ?」
「このビーチボールのタイトルだよ」
「あ、かわいいじゃないですか」
 “まんだら”とはすなわち仏教絵画の“曼(まん)荼(だ)羅(ら)”のことであり、一枚の絵が仏教の悟りの世界を表現している、などといわれている。
「俺たちが究極のクレーム予防デザインを考えていったその先にあったのが“ビーチボール=(イコール)人生”という悟りの世界だ。だから『クレームまんだら』」
 こうして、デザインも商品名もあっという間に決定。翌年一月末にはサンプルができた。
 あとは売れるかどうかだが、そこはそれほど気にしていない。実はビーチボールという商品は、どんなデザインでも小売店に並べておけば、それなりに売れるのだ。だからこそ、専務も私の提案にあっさりとOKをくれたのだ。
 さて春も過ぎ、いよいよ『クレームまんだら』の発売日。思い切ったデザインの新商品だけに、加藤はどうも落ち着かないようだ。
「どんな反応があるんでしょうね?」
「反応があったらマズイだろ?クレームを封じてこその『クレームまんだら』なんだぜ」
「クレーム以外の反応でもダメですか?」
「ビーチボールを褒めるために、わざわざ電話してくる人を見たことがあるか?」
「ないです」
「だろ?無反応ならむしろ大成功なんだ」
 しかし、夏に入るとやはり反応はあった。しかもそれは、まったく予想し得ない形で、私たちに襲いかかってきたのだ。
 

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