小説

『クレームまんだら』鶴祥一郎(『耳なし芳一』)

「大山さーん、だから言ったじゃないですか」
「いや、意地でも『バイブル』は作らんぞ!」
「でも実際問題アメリカ人が……」
 それは加藤の言うとおりだ。私がいくら日本国内専用と考えていても、こうして海外へ持ち出す輩は必ずいる。どうして対応策を考えておかなかったのか?私たちは一体どんな『使用上の注意』を書き漏らしていたのか?
「……あ。あれだ!あれを書き忘れたんだ!」
「え?」
「『日本語がわからない方は使用しないでください』って」
「……あ!言われてみればそうですね」
「そうだよ!それさえ書いておけば、そもそも『バイブル』なんか必要ないんだ!」
「そうですね!」
「よし!これだ!これで第二弾だ!」
 長すぎた休憩がやっと終わった……と思った瞬間、
「あ……でもそれって、日本語で書いたら意味ないですよね?」
「あ、そう言えばそうだ。じゃあそこだけは英語にするか?」
「はい……あ!ダメダメ!ダメですよ、それ。“人種差別だ!”って、クレームつけられちゃいますよ、絶対」
「は?」
「だって、特定の言語がわからない人は全員使っちゃダメなんて、ねえ……」
「ああ!そうか!」
「だーかーらー、ここはやっぱり『バイブル』ですって!」
「あれはそもそも実現不可能だろうが!」
「……!」
 やっと見出したと思った光は、光ではなかった。完全に手が詰まってしまった私たちはもう、天を仰いで目を閉じるしかなかった。
「……カトちゃん」
「……はい?」
「……この一年で、ひとつだけ、わかったことがある」
「……何ですか?」
「『まんだら』も『バイブル』もさあ、結局、全世界を救うことはできないんだよな……」
「当り前じゃないですか」
「え?」
「だって、私たちですらまだ、救われてないんですもん」
 

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