「それで、どうなったの? 」
私は、どうやら不思議の国に来てしまっているのかもしれないのだけど、目の前で話されるヘンテコな歴史が気になってしまった。だってそうでしょう。自分が百何十年も前にアリスの立っていた場所に来ているなんて、ロマンのある話だわ。
「女王様は大層お怒りになった。他国の人間が創作した部位は、我が国では実現してしまうのだ。ある時は王宮が全室、泣き叫ぶ赤ん坊のいる託児所に変わり、ある時は国土の半分がネジ製作工場になった。悲劇だよ全く。全ての赤ん坊をあやすために兵を全て動員しても足りなかったし、全てのネジを消費するためにそこいら中の壁に穴を開けては修理しなきゃならなかったんだ」
ノートパソコンの画面が一人でにスライドショーを始め、げっそりした顔で赤ん坊をあやす兵士やバケツ一杯のネジから一本取り出して壁につぎをあてている人々の写真が映し出された。
「それでこうやって事前に物語の中身を審査するってわけね? 」
「その通り。そして、新しく創設された審査部署には担当者が必要だ。部署創設の原因になったアリス侵入の責任者として私は追及された。結果首切りは免れたが、華々しい外交官から左遷され、さびれた小部屋で来る日も来る日も審査審査審査」
白づくめはもう一度、力なく首を横に振るとパソコンを自分の方に引き寄せて言う。
「というわけでだ。アンナ・K。『アリス』を介して、当国についてどんな話を書こうとしていたのかを教えてもらおう」
「でも殆ど何も決まっていないのよ。だってさっき思いついたばかりなんですもの。ところで、審査でOKが出るまで、皆どれくらいかかっているの? 」
「早くて2年で小説に許可がおりた。長い者だと50年、映画のシナリオに許可がおりていない」
「50年! そんなに長い間ここに通うわけ? 」
「違う。50年間、当国の用意したゲストルームでシナリオを書き直し続けているのだ。帰れば我々の目の届かないところで勝手に書く恐れがあるのでね」
「そんな! それだったら私、『アリス』についても、あなた達の国について書くのもやめるわ。帰れないだなんて馬鹿げているもの。というわけで私はもうあなた達の国について何も書かないんだから、早く帰してちょうだい」