小説

『罪深い作家たち』楠本龍一(『不思議の国のアリス』)

何を言っているの? 老人の言っていることは意味不明だし、自分が理不尽に責められたのでムッとしたけれど、私はともかくデスクを挟んで、老人と向かい合わせに置かれた椅子に腰かけた。こんなところで無暗につっかかっても仕方ないわ。とにかく早く外に出られる方法を聞けさえすればいいんだから、もしかしたらちょっと頭がおかしくなっているのかもしれないこのおじいちゃんの言うことには適当に合わせておきましょう。
「あの」
私は務めて反抗的な、とがった調子を出さないように、愛想のいい声を出して聞いた。
「どうして私はこの部屋に来ることになったんでしょう? あなたと時間や約束について喧嘩するつもりなんて全くないんだけど、本当に分からないの。やっぱり約束した覚えもないし、それどころかここがどこかすら分からないのよ。おかしいとお思いになるかもしれないんだけれど」
「お前さんは審査のために召喚されたのだ。女王様の名によって。アンナ・K」
「審査? それってきっとドクトル・アプサントが受けたものだと思うんだけれど、一体何の審査なの? 私は審査なんて受ける覚えは全然ないわ」
「ちょっと待ちなさい。記録を調べる」
そう言って白づくめの老人は引き出しからノートパソコンを取り出して開くとキーを叩いた。
「ああ、あった。えーと……何々」
胸ポケットから老眼鏡を取り出して画面とにらめっこをしながら老人が表示されているらしい文章を読み上げる。眼鏡に画面の光が反射している。
「アンナ・K。当国に関する物語を執筆せんと試みている者なり。ついては、その内容を精査し、当国の威信にいくばくかの影をも落とすことがない旨を確実とするべし。ハートのクイーン」
白づくめは読み終えると顔を上げ、私を見据えて言う。
「そういうことだ。どういう話を書こうとしているのか、話してもらおう」
「ちょっと待って」
少し気が動転してきた。そんなことあり得ないわ。
「それって私が書こうとした話が、あなたと、えーと女王様? に不都合じゃないかどうか調べるってこと?」
 

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