次第に、永遠にここに閉じ込められたのではという考えが浮かび、そのゾッとする考えを追い払うために私は独り言を言うのだった。
「一人で歩くって退屈ね。私がアリスくらいの年頃には、歩道のタイルの、決められた部分だけを歩いたりして退屈を紛らわしたわ、こんな風に」
そう言って私は相変わらず床に伸びているドクトルの巻物の上を歩き始めた。床を直接踏まないように気を付けて、巻物の上だけを歩くことに集中した。そうしてまたしばらく歩いていると、ホールの進行方向の先にほんの少しの変化が見えたような気がした。
「待って。だめだめ。簡単に期待しちゃだめだわ。疲れて見間違えているのかもしれない。ぬか喜びすると後で余計に疲れて落ち込むもの」
私は慎重にホールの先を見つめた。でも間違いない。薄暗いホールの先の方から段々明るく、色とりどりになってきているみたい。その色とりどりの範囲は段々広がり、こちらに近づいてくる。目をこらして見ると、その変化の先頭には一匹の猫が歩いている。猫がドクトルの巻物の上を歩いてこちらにやってくるのだ。
「なに? あの猫」
猫がニヤニヤ笑いを浮かべていたのだ。音もなくニヤニヤ笑いの猫は私に近づいて来る。猫の通った後はどういうわけか、ホールが廃墟になって崩れ、色とりどりの花が咲き乱れる。それだけの大変化にも音ひとつしないのが不思議だ。猫はもう私のすぐ先まで歩いて来ていた。
「ねえ、あなたもしかしたらしゃべれる? 私、あなたのこと知っている気がするのよ。きっとあなたについて読んだからだと思うんだけど」
そう話しかけたが、猫は私の言葉に何の反応も見せずふっと消えた。私の頭上のホールも、音もなく廃墟に変わり、穴の開いた天井から月の光が差し込む。周囲に花が咲き乱れ、ドクトルの巻物が一本の白いタイル作りの小道に変わった。花も道も月光に照らされて暗闇に浮かび上がる。振り返ると、歩いていく猫の後ろ姿が再び現れてくるところだった。猫はそのままどこまでも歩いていき、ホールはどんどんと廃墟に姿を変えていく。長い時間歩き、疲れ切っていた私は、猫を追いかける力もなく、座り込んで、ただ巨大な細長いホールが崩壊していくのを見つめていた。