小説

『ふつうの国のアリス』汐見舜一(『不思議の国のアリス』)

「そう。君がもともといた世界のことさ」
「私はそのふつうの国に帰れるの?」
「もちろん帰れるとも! だから安心して、不思議の国を満喫するといいよ!」うさぎさんは声と体を弾ませます。「久しぶりのお客さんだし、どうだろう、お茶会に招待されちゃったりしない?」
「ええ、別にかまわないけど……」
「よし決まり! ついてきて!」
 うさぎさんは、明かりがついていない不気味な校舎へとぴょんぴょん向かっていくので、私も後を追います。
「ところで君、名前は?」
「私はアリス」
 校舎の昇降口は開放されています。「土足でいいからね!」と言ううさぎさんに従い、私は靴を脱がずに校舎へ入っていきます。
 招かれた先は、『1年1組』と書かれたプレートのついた部屋でした。
 暗いので電気をつけると、部屋にはもうお茶会の準備ができていました。見慣れた学校机が規則正しく並べられ、大きな長テーブルを形成しています。その上には、教室の雰囲気にそぐわないアンティーク調のティーポット、カップ、お皿に盛られたお菓子の数々を確認することができます。文化祭で西洋風カフェをやったら、きっとこんな光景になるでしょう。
 視線を机の上で滑らせていると、席の端っこに誰かが座っていることに気づきました。その人は、ヘンテコな帽子――シルクハット?――をかぶっています。彫りの深い顔立ちの男性で、座っていても背が高いことがわかります。ヨーロッパのほうの人ではないかと私は感じました。年齢はわかりませんが、お父さんよりは若いと思います。
 私の視線に気づいたヘンテコ帽子の男性は、「どうもどうも、自分は『帽子屋』と申します」と、聞いてもいないのに自己紹介をしてくれました。
 

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