小説

『ふつうの国のアリス』汐見舜一(『不思議の国のアリス』)

 諦めるしかないようです。お父さんもお母さんも、アリスの意味を覚えていない。そもそも意味なんてなかったのかもしれません。「アリスってイケてね?」っていう軽いノリで命名したのかもしれません。
 ただでさえ疲れていた私ですが、これから先の疲れを前借りしてしまったかのように、体が急に重くなってきました。
 腕時計を見ると12時すぎを示していますが、これは間違っています。私の腕時計は壊れているのです。今朝家を出るときに気づきました。
 新居に着くまでまだまだ時間がかかります。私はひと眠りするため、キャスケットを目深にかぶり、窓から差しこんでくる光を遮断します。このキャスケットは、サービスエリアで食事をしたときに、スパゲッティのミートソースをこぼしてしまったので、ちょっと気持ちが悪いです。精神衛生というやつです。
 どれくらい眠っていたのかわかりませんが、つぎに目を開けた時はすでに、外は真っ暗でした。
「……着いたの?」
 私は寝ぼけ眼を擦りながら、お父さんとお母さんに尋ねます。
「あれ?」
 でも、お父さんとお母さんはいませんでした。車の中にいるのは、私ひとり。
 眠っている私を置いて、買い物にでも行ったのでしょうか?
 いいえ、それは違うとすぐにわかりました。
 窓から外を覗いても、お店らしきものは見当たりません。家もない。そもそも光が見当たりません。
 私は怖くなってしまい、外へ飛び出して「お父さん! お母さん!」と叫びました。悲鳴といったほうがいいかもしれません。
 でも、返事はありません。
 私は深呼吸をして、現状の把握に努めました。
 周囲を見渡すと、どうやらここはグラウンドであることがうかがえます。サッカーのゴールネットや、野球のためのマウンド、朝礼台、そして遠くに校舎も見えます。
 

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