小説

『ふつうの国のアリス』汐見舜一(『不思議の国のアリス』)

 私は考えた末、
「じゃあ、私の帽子の染みを抜いてもらえる?」
 帽子屋というからには、帽子のクリーニングはしてくれると判断しました。
「わお! そんな楽しそうな仕事を任せていただけるのですか! では、さっそく取り掛からせていただきますね!」
 帽子屋さんは席を立ち、私のキャスケットをひったくると、自前のかばんから見たこともない道具をたくさん取り出し、作業を始めました。
「さてアリス。僕も役に立ちたいな!」
 うさぎさんがキラキラした眼差しで私を見つめます。口が裂けても「うさぎさんにできそうなことは思いつかない」なんて言えない雰囲気です。
「うさぎさん、何か特技とかある?」
「僕ね、こう見えても時計職人なんだよ!」
 それを聞いて私はハッとしました。そうだ、私の時計はいま壊れています。なので、
「じゃあうさぎさん、この時計直してもらえる?」
 私は手首からアナログ時計を取り外し、うさぎさんに手渡しました。
「オーケー! 僕の腕の見せ所だね!」
 うさぎさんは腕時計をひったくると、やっぱりかばんから見たこともない道具を取り出して、さっそく作業を始めました。
 私はお茶とお菓子を楽しみながら、ふたりが作業を終えるのを待ちます。
 いや、あとひとつ願いを言わなくてはならないので、考えながら待ちましょう。
「できましたアリス様!」
 床に座りこんで作業していた帽子屋さんがいきなり立ち上がって大声出すものだから、私は驚いてクッキーを喉に詰まらせ、ゲホゲホしてしまいました。
 

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