ぼくは基本的に、日常の流れというものに逆らうことはしたくありません。ですので、そのときのぼくは、不可解でした。ぼくは、どういうわけか、いま来た道を引き返していたのです。
屋上の扉の前に、ぼくはいました。施錠されていたはずの扉に手をかけると、なぜか開きました。とても重い扉でした。
屋上は広く、殺風景でした。もちろん、誰もいません。ぼくは、彼女が飛び降りたであろう場所に立ちました。柵に手をかけ、そっと、彼女が落ちた、その先を見下ろしました。
あれが、事故ではなく彼女の意志とするならば、どうして、あの日、あの時間でなければならなかったのでしょうか。ぼくの人生は的はずれなことが多いけれど、もしかしたら、彼女も同じだったのかもしれない。そう思ったら、なんだか、涙が出てきました。
翌日、ぼくは、執務室でコーヒーを入れました。置いてある砂糖とミルクを全て使い切るいきおいで、自分のコーヒーに投入しました。
入れすぎだ、と嫌な顔をする人や、意外ですね、と半笑いの人もいました。ぼくは笑って、ほっといてくれよ、と言いました。
ぼくは、執務室の窓に向かい、ぴったりと下ろしてあるブラインドを上げました。プラスチックのスティックでコーヒーをジョリジョリとかき混ぜながら、ぼくは、窓の外を眺めました。