小説

『死んだレイラと魔法使い』本間久慧(『シンデレラ』)

 そのあともぼくは、深夜の残業だけは続けました。無駄なことのようでもありましたが、最近、頑張っているね、と、たくさんの人に誉められました。ぼくはニコニコと嬉しそうにしながら、いつもこうだな、と思いました。

 ぼくの人生は、的はずれなことが多いのです。だから、嬉しい、とか、幸せ、というものが、よくわからないのだと思います。不思議です。あなたって、幸せな人ね。前の彼女も、そう言ってくれていたのに。

 残業中のぼくは、コーヒーをブラックで、何回も何回も飲みました。苦さにも慣れたのか、すっかりむせなくなりました。決まった時間になると、急いで荷物をまとめ、席を立ちます。でも、やっぱり彼女には会えません。

 いつも、誰にも会えないまま、会社を出ることになります。カードを決められた位置にかざすと、会社のゲートが開きます。

 ゲートが、ガコンと機械的な音を立てて開くと、やはりぼくは、かなしいような、さみしいような、あきらめるような、そんな気持ちになります。

 ゲートの手前で、ぼくは、いま来た道を、少し、振り返りました。誰がいるわけでもなく、節電の結果の、薄暗い通路があるだけです。
 

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