小説

『死んだレイラと魔法使い』本間久慧(『シンデレラ』)

 無責任な同僚が、やはり彼女も心の病気で、突発的に飛び降りてしまったのだろう、と言いました。その場にいた全員が納得しましたが、ぼくは、安直で、便利な結論だな、と思いました。

 彼女の死によって、しばらくは社内も浮き足立っていました。しかし数日後には、元の落ち着きを取り戻しました。むしろ、休みたいと言っていた人がそれを言わなくなり、休職中の人が帰ってきたりして、以前よりも、仕事はしやすくなりました。

 ぼくは、いつものように、ニコニコしながら電話をかけたり、パソコンで資料を作ったりしました。ときどき、近くにいる人と話したり、冗談を言ったりしました。そんな日常の中で、ぼくは、ふと、彼女のことを思い出しました。

 ぼくは休憩室に入りました。あのときのぼくは、疲れや、糖分の摂り過ぎで頭が鈍っていたのかもしれない。そう思い、コーヒーを、あえてブラックで飲んでみました。

 砂糖やミルクを入れないコーヒーは、ぼくにとっては非常に苦く、ぼくは激しくむせてしまいました。むせながら、窓の外を見ました。いつもの景色があるだけでした。

 ぼくは、がんばって仕事をする方です。仕事が好き、というよりも、それが当然だ、と、長い時間をかけて刷り込まれた結果だと思います。深夜に及ぶ残業も、しばしばです。

 ある日の深夜、会社に残っていたのは、ぼく一人でした。めずらしいことではないのですが、そのときのぼくは、気力、体力ともに限界に達していました。仕事は、あきらめも肝心だと思います。帰ろう。ぼくはそそくさと荷物をまとめ、席を立ちました。

 節電のため、社内の、ほとんどの電気が消されています。薄暗い通路を歩いていると、一人の女性とすれ違いました。お疲れさまです、と、言葉を交わしました。そのあと、ぼくは、おや、と思い、振り返りました。その女性は、すでにいませんでした。
 

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