彼女は死んだ。死んだはずだ。ぼくは記憶を整理しました。彼女が死んだことは、新聞にも取り上げられていました。そこに彼女の名前も書かれていました。片仮名で、レイラ。
日本人にしては、めずらしい名前です。その新聞を読んだとき、ぼくはポロリと、キレイら名前ら、と、言ってしまいました。近くにいた同僚に、変な目で見られました。
彼女とすれ違ってから、ぼくは、進んで残業をするようになりました。コーヒーメーカーは、実は、執務室にもあります。眠気冷ましにコーヒーを、ブラックでガブガブと飲みました。苦すぎて、やはりむせてしまいます。
あのときのあの時間になると、ぼくは急いで荷物をまとめ、席を立ちました。薄暗い通路を、ドキドキしながら歩きました。もう一度、彼女に会えるかもしれない。なんの根拠もなく、そう思いました。結局は、誰にも会えずに会社を出ることになるのですが。
ぼくは会社のビルの外から、彼女が飛び降りたであろう屋上を見上げました。ビルは高く、星一つ見えない夜空に、屋上は隠されてしまっているようでした。
彼女の、瞳が気になったのだと思います。あの一瞬が、どうして、あんなに鮮明なのか。彼女の瞳の、優しい輝きが、全ての答えを知っているような気がしました。
ぼくは、会社の昼休みに、その屋上へ行ってみることにしました。しかし、屋上へと続く扉はかたく施錠され、そこを通ることはできなくなっていました。
ぼくは、その扉の先に、彼女がいるような気がしました。でもぼくは、その扉を、無理に開ける気持ちにはなれませんでした。