小説

『人魚に恋した少年』小山遥(『人魚姫』)

 俺が一人で混乱していると、不意に彼女がこちらを向いた。
「な、なんですか?」
 手を握られる。戸惑っていると、何か袋を押しつけられた。
「え?……あ、これ」
 袋の中身は、俺が彼女にあげたうろこの小瓶だった。
「俺に?返すってことですか?」
 彼女はうなずく。返すって、なんで、今、急に?
 彼女は、用は済んだとばかりに立ち上がった。妙にすっきりした表情をしている。
「あ、あの……」
 俺に手を振って、立ち止まろうともせず船室に戻って行った。
「何なんだ……」
 俺は袋の上から覗いて、小瓶の中を確認した。うろこは色褪せることなく虹色だ。
「返されたな……」
 考えてみればこれは俺が彼女に唯一贈ったものかもしれないのに。とはいっても、拾ったものを贈り物なんて、王子が聞いたら笑うかもしれないが。
「……よし」
 明日の結婚式が終わって城に戻ったら、これからどうするのか彼女に聞いてみよう。客人として永住することはまず有り得ないし、このまま城で働くのか、それとも出て行くのか。どちらにせよ、彼女が客人でなくなった時点で、俺たちの縦の関係は終わってくれる。そうすれば俺はもっと自由に動ける。働くなら近くにいられるし、出て行くならその前に彼女に俺の気持ちを伝える。給金でもっとまともな贈り物をしようが、俺の自由だ。
 なんだかすっきりした気分になってきて、俺は釣竿を握り直した。

 夜。俺は夜釣りをしようと、一人で再び甲板に出た。釣竿を振る。
 王子の結婚式に華を添えられるよう、ぎりぎりまで釣りをして大物を狙うつもりだった。
「……お……よし、かかった」
 魚を引き上げて籠に入れる。
 そのとき、人の声が聞こえた気がした。
「こんな時間に誰か起きてんのか……いや、そうじゃないな……」
 声は船室の中から聞こえるのではないと思った。
「ちょっと見てくるか」
 釣竿を置く。声の聞こえる方向からあたりを付けて、船室の裏側に回ってみる。

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