小説

『人魚に恋した少年』小山遥(『人魚姫』)

 俺はそれを見送り……自分の頭が「余計なこと」で一杯になってしまったのを悟って、今度こそため息をついた。

 俺はもはや認めないわけにはいかない。彼女に文字を教えるという「仕事」がいつの間にか、一つの息抜きになっていたこと。そして、彼女にうろこを渡した翌日から、彼女を目で追うようになってしまったこと。
 とはいっても、俺が具体的に何かするわけにはいかない。俺は城の雑用係で、彼女は客人だ。縦の関係は、下からでは崩せない。

 それぞれ別の理由で悶々とした日々を送る俺と彼女とは対照的に、王子と隣国の姫の交際は順調に続いていた。
『実は、姫と結婚しようと思う』
 ある日、王子が俺に告げた。俺は渦巻く思いを隠して笑顔で祝福の言葉を述べた。
 王子は俺に伝えた後に、正式に発表した。城中がその話題で持ちきりになった。
『いやあ、おめでたいことだ』
『姫様は王子を助けてくださった恩人だからな!誰も文句ない結婚だ、うんうん』
『そう思うとあの船の事故も悪くなかったのかもな!』
 使用人仲間は色々と好きなことを言う。皆、笑っていた。
 彼女がどんな顔をしているのかは分からなかった。発表の次の日、俺は緊張しながら彼女の部屋に行ったが、ドアには鍵が掛かっていた。ノックをしてもドアは開かなかった。
「……無理もない、か……」
 今は一人でいたいのだろう。それに、今度こそ、彼女が文字を学ぶ理由はなくなった……俺はノックするのをやめて引き返し、がむしゃらに他の仕事に取りかかった。

 王子と姫の結婚式は船上で行われることになった。誕生日にあんな目に遭ったのにまだ船に乗ろうとする王子に姫は呆れていたらしいが、王子が希望を押し通したとか。
 使用人は城での留守番組と船での仕事組に分かれたが、俺は、船上での食材調達係の一人として同乗させてもらえることになった。
 客人である彼女も船に乗ってもらうと王子に聞いたが、俺自身は、彼女としばらく会っていなかった。彼女の部屋のドアが開かなかったあの日から、だ。結婚式の準備が忙しかったからというのも理由だが、それ以上に、俺は逃げていたことを認めざるを得ない。彼女の方も部屋からあまり出ていないのか、噂を聞くこともなく、彼女がどうしているのかは分からなかった。

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