小説

『人魚に恋した少年』小山遥(『人魚姫』)

「え?」
 釣り道具をすべて置いた。全力で自分の目を疑いながら、そちらに歩み寄る。
「……ええ!?」
 結論から言うと、俺の目が異常をきたしているわけではなかった。
 岩陰にいたのは、一糸まとわぬ姿の少女だった。

 海岸で、気を失っている少女を発見しただけでも驚いたが、意識を取り戻したその後さらに俺を驚かせたのは、その少女が声を失っているという事実だった。
 俺の質問に少女が身振りで答えることで意思疎通は出来たが、少女がなぜ海岸で倒れていたのか、事情はわからぬままだった。だがとにかくほうっておくわけにはいかず、城に来ませんか、と言うと、少女は嬉しそうな顔をした。
 俺は彼女を城に連れて行き、とりあえず、シャワーを浴びてもらった。脱衣場に、侍女から借りた服を置いておく。彼女がシャワーを浴びている間に王子の部屋を訪ね、事情を説明した。
「詳しいことは分からないが、きっと大変な目に遭ったのだろう。客人としてこの城に滞在してもらいなさい」
 俺の話を聞いた王子は、迷うことなくそう言った。そして、俺に彼女の世話係を任せてもよいか、とも。俺は了承した。まだ顔を合わせていない少女を城に滞在させるのも、彼女を見つけたのは俺なのだし、自然な流れだと思った。

 その夜、食事を彼女の部屋に持っていったのも、皿を回収に行ったのも俺だった。今日のメニューは、パンとスープ、魚のソテーと海藻のサラダ。
 俺が行ったとき、彼女の前の皿には、まだ中身が残っていた。魚と海藻はきれいに無くなっていたが、パンとスープは手つかずだった。
「あの、パンとスープ、召し上がらないんですか?美味しいですよ」
「……?」
 彼女は不思議そうに首をかしげた。パンを指で軽くつつくが、食べようとはしない。その目はまるで物を見るかのようだった。
 予想外の反応に俺は何と言ったらいいか分からなくなり、沈黙が流れた。そこにノックの音がした。
 彼女に目で合図してから俺がドアを開ける。
「おや、お前もいたのか」
「王子!」
「客人とは一度直接お会いしておきたかったからね、挨拶に来たんだ」
 王子はゆっくりと部屋の中に入ってくる。彼女は釘付けになったように、王子の顔から目を離さない。

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