そういえば、確かマヨイガを見つけたら、その家の物を何でも一つ持ち帰っていいって話もあったよな。持ち帰ると幸せになれるってことらしいけど、女が無欲で何も持ち帰らなかったから、お椀が自ら流れてきたって話だったはず……ってことは何か、小山田にも高橋にも幸運が舞い込んでくるってことなのか……
そう考えるうち、遠山は無性に大学時代の友人と会社の後輩のことがうらやましく思えてきた。
「畜生」と、思わず口に出た遠山の言葉は高橋の耳にまで届いたようだった。
「え?なにか言いました?」
遠山は少しうろたえ、
「いや、何でもない。独り言だ」
と愛想笑いを見せるのだが、その直後、彼の脳裏に名案が思い浮かんだ。
「なあ、高橋。さっきお前、本当に家を見たのか?」
そう問われた高橋は、川面に垂らしていた釣り糸を手繰り寄せると、
「見たって言ったじゃないですか」
と言って頬を膨らませた。
「それなら高橋さ、お前もう一度見てこいよ。一人で」
「え?嫌ですよ。気持ち悪いし。って言うかもうなかったし」
「いいから行けよ。さっきは俺が一緒だったから何かの勘違いがあったのかもしれないだろう。だから今度はお前一人で冷静になって行ってみろって言ってんだ」
「なんか納得できない説得ですね」
「いいんだよ、とにかく行けば。お前だって気になるだろ。見たはずのものがなくなっていたりしたら」
「そりゃまあ気になりますけど……」
「だから、もう一度行ってみるだけでいいんだよ。確認のためだ。行ってみて、なければ最初に見たのが見間違いだし、あれば真実ってことだ。三度目の正直だよ」
「それ、使い方間違えているような気もしますけど……」
と言いながら、高橋は考える様子を見せる。それから、やれやれという風にため息をつくと、
「分かりましたよ。じゃあ、もう一度だけ見てきます」
彼はそう言って釣竿を側の岩に立てかけ、先ほどと同じ方へと歩いて行った。
木々の間に消えかける高橋の後姿に、遠山は大声で声をかける。
「ああ、それから高橋。万が一、本当に家があったら、その家にあるものを何でもいいから一つ持って帰って来いよ」
高橋は立ち止まって振り返り、
「はぁ?どうしてですか?」
と眉根を寄せた。
「証拠だよ。家があったことのさ。もう一度行って見つけても、また俺が行くと見つけられない可能性もあるだろ。だから本当に家があれば、その証拠になんでもいいから持って帰ってくればいいんだよ」
「あぁ、わかりましたよ」
不承不承頷いた高橋の姿は、すぐに見えなくなった。