小説

『小さな姫の帰還』村越呂美(『おやゆび姫』)

 でも、私は友哉と一緒に何かをするなんて、全然想像できなかった。友哉は、なんにもしたくない時にぴったりの男の子なのだ。
 蛙ママは結婚式場のパンフレットとか集め始め、新婚旅行にはモルディブがいいんじゃないかとか話がどんどん具体的になってきて、私はいよいよこれはまずいな、と思った。こういうのを潮時というのだろう。
 私は来た時と同じように、紙袋ひとつにまとまる荷物を持って、友哉の家を出た。
「ちょっと、高校の友達とお茶してくるね」と軽く、友哉の頬にキスして。
 友哉とも、蛙ママともそれきりだ。蛙ママは、私の母に電話で文句を言っていたらしい。
「ねえ、麻衣に息子を傷つけられたから、慰謝料を払えって、何度も電話してくる人がいるんだけど」母は携帯電話でそう言ってきた。
「払った方がいいのかしら?」母はのんきな声で、そう聞いた。
「放っておいていいよ」私は答えた。
「麻衣、売春だけはしないでね」母はいつも通りそう言って、電話を切った。いったいどこの世界に、売春婦に慰謝料を請求する人がいるって言うんだろう?
 蛙ママの家を脱出した私は、高校で仲が良かった智美ちゃんの家に泊まらせてもらうことにした。智美ちゃんは私と同じように勉強は死ぬほど苦手だけど、親がそこそこお金持ちだから、幼稚園から付属の学校になんとかかじりついているって感じの女の子だ。電話をして、泊まりに行っていいかと聞くと、
「来なよ、来なよ、夏休みだし。うちの親、なんとかクルーズとかいうので、二ヶ月くらい帰ってこないから、好きなだけいなよ」と、言ってくれた。ちゃんとしてない友達というのは、時にとってもありがたいものだ。よけいなことを聞かずに、だめな友達を受け入れてくれるから。
 智美ちゃんの家に行くとすでに、ちゃんとしてない人達が、ぐだぐだしていた。リビングのテーブルの上は、固くなった宅配のピザの食べ残しや、吸い殻があふれた灰皿、ビールの空き缶やワインの空き瓶で散らかり、キッチンには、食べかけのカップラーメンや、汚れた食器が山積みになっていた。人間としてのダメさについては、私も智美ちゃんといい勝負だけれど、整理整頓についてだけは、私の方が勝っていた。母がきれいに暮らしたがる人だったから、私は小さい頃から片付け癖みたいなのがついているのだ。私はゴミを集め、食器を洗い、ソファや床で寝転がっている人達をまたぎながら、部屋を片付けた。
「麻衣、すごい、この部屋がこんなにきれいになったの、すっごい久しぶり」
 智美ちゃんはそう言って笑顔を見せた。素直な良い子なのだ。
 智美ちゃんの家にいたのは、私達と同い年くらいの女の子が一人と、ちょっといかつい男の子が二人。女の子は、私と智美ちゃんとは学校が違うらしく、初めて見る子だった。

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