小説

『赤いブラジャー』五十嵐涼(『赤い靴』)

「やれ!!オレ!!人命が懸かっているって時に!迷っている場合か!」
 ていやっと服をめくり上げる。すると、ぷるぅんと程よいサイズの小山が二つ揺れた。それはほんのりピンクみがかった肌色の、小山だった。
(待て待て待て待て待て待てーーーーーー!!!!こいつノーブラだったのかーーーーーー!!!)
「あなた…………」
 女性の声が聞こえ、ギクリと顔を上げると、そこには血液検査で誤って1リットル以上血液を抜かれてしまったのではないかと思う程顔面蒼白の妻が居た。
「これは一体どういう事か…しら」
「い、いやな、あの、AED。そう!AEDで彼女を救おうとしてな!」
「……うちの家のどこにAEDなんてあるっていうのよ」
「あ…そういえば…」
 よくよく冷静に考えてみれば、テレビで観たAED使用方法は地下鉄などの公共施設でのシチュエーションで、そもそもその装置ありきの話だ。オレの頬をつつっと汗が伝い落ちる。
「そ、そんな事より、お、お、お、お前…りょ、旅行はどうしたんだ?ん?」
 うら若き乙女にまたがり、服をめくりあげるおっさん、もとい、彼女の夫であるオレ。更に、気絶している少女はノーブラで、あたかも少女のブラジャーを略奪して自分にはめたかの様な真っ赤なブラ姿。これはトラウマどころか昇天ものだ。オレの手は動揺し過ぎて壊れたぽんこつ機械みたいにガクガクと揺れ始めた。
「病院から電話があって、お義母さんが危篤だって。だからあなたに何度も電話したのにちっとも出ないし、優斗も連絡つかないし」
「そ、そ…そそそそうか」
 それきり夫婦の会話は止まってしまった。まるで呼吸すら止まってしまった様にオレ達は微動だにしなかった。
「ねぇねぇ、お父さん居たの?」
 何も知らない娘がこちらに向かうと、妻の背中越しに部屋の中を覗き込んできた。
「ひっっっ」
 娘は小さな悲鳴を上げると、やはり硬直してしまった。
 もうオレの頭の中は真っ白過ぎてホワイトアウト状態だ。ここまで来てしまうと、この場をうまく収める方法などある筈もない。狂瀾怒濤ってやつだ。
「うっっ、ゴホゴホっ」
 どれくらいこの部屋の時間は止まっていただろう。突如、オレの下で少女が咳込み始めた。何もしていなが、勝手に息を吹き返してくれたらしい。オレはブラジャーの上からホッと胸を撫で下ろした。
「ゴホゴホ、ゴホッッッッっ、ゴホーーーーーーーーー」
 咽せた勢いで彼女がミサイル発射の様に上半身を跳ね起こすと、そのままオレの頭めがけて強力な頭突きを喰らわせてきた。
「ふんぎゃーーーー」
(優斗、お前の彼女の頭は窒化ホウ素か何かで出来ているのかーーーー。固いーーー固過ぎるーーーーー)
 オレは頭だけでなく目の前まで真っ白になっていった。

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